「初心者におすすめ落語演目」は、実際には聴けないというジレンマ

「落語を聴いてみたい」「落語に興味があるので調べてみたい」という層に向けたWeb記事を、今さらながら疑いの目で読み込んでいる。
今のところ、こんな結論を世間にアピールしてみた。

  • 落語芸術協会は新作落語主体ではないし、落語協会は古典主体でもない
  • 初心者は「とりあえず寄席に行く」が正解
  • 落語に東西の違いなど、言うほどない

おかしな内容は、放っておくと繰り返し再生産されていくので、常に疑いの目を向けていかないと。
そして、Webの一般向け記事を書く際にも、個人の見解をちゃんと盛り込んでいかないと。そういう意味では、「初心者こそホール落語に行け」という見解も別にいいのだけど。

さてまたしても、初心者向けの記事を見て疑問に突き当たった。
歌舞伎や文楽、あるいは伝統芸能でないミュージカル等の芝居であっても、「演目」は極めて重要。
私だって歌舞伎のときは演目を確認してから行く。そういうものだろう。
なのだが、落語(講談・浪曲も)に関して言うと、基本的に何の演目が出るのかわからない。
客がわからないだけでなくて、演者のほうだって決めていないことがほとんど。

そういう性質の芸能なのに、「初心者はこれ(演目)から聴け」というおすすめが多数存在する。
よく考えたら、実に不思議な文化である。
私も、寄席に行く前にある程度音声や動画によって、落語を知っておいたほうがいいと思ってはいる。
寄席に行けば、演目は多数の演者に任せていればそれでいい。
なのに、その前段階においてのみ、「主体的に噺を選ぶ」シーンが存在するのであった。

音源の演目を選ぶ必要があるのも、寄席で演目を選べないのも、どちらも当たり前のことだ。
あいにく、前者と後者は決してつながらない。
聴いた演目が実際に寄席で出ることは少ない。
これは当たり前のことで、落語の音源には大ネタが多いからだ。
実際に初心者にすすめられるのも大ネタが多い。
寄席ネタの音源も多数あるものの、行った席でそれが出るなんてことはごく少ない。

さまざまな演目を選んで聴いてみる経験は、鑑賞力の向上には資するだろう。
だが知識という面で言うと、いつ役に立つかわからないストックを増やす機能だけなのである。

さまざまなWeb記事で、「初心者におすすめ」の大ネタを探してみた。
こんなのだって。

【前座噺】

  • 寿限無
  • 初天神
  • 饅頭こわい(上方では大ネタ)
  • 転失気
  • たらちね

【寄席ネタ定番】

  • 時そば
  • 天狗裁き
  • 粗忽長屋
  • 代書屋
  • 長短
  • ちりとてちん
  • 千早ふる
  • 猫の皿
  • 松山鏡
  • お菊の皿
  • 親子酒
  • 粗忽長屋

【大ネタ】

  • 死神
  • 芝浜
  • 子別れ
  • 火焔太鼓
  • 明烏
  • 鰍沢
  • 井戸の茶碗
  • 火焔太鼓
  • 二階ぞめき
  • はてなの茶碗
  • 富久
  • 紺屋高尾
  • 藪入り
  • らくだ

意外と記事によって、中身はわりとバラバラだった。書いた人も考えたようだ。
私が選ぶなら、寄席の定番には「替り目」「悋気の独楽」「権助魚」「禁酒番屋」など入るかと思うが、別にこのままで違和感はない。
しかし思うのは、大ネタの多さよ。
音源から選ぶと、そうなってしまうのだ。
ここに出た大ネタ、現場でも聴いてはいるけど、数はそんなに多くはないですよ。
死神なんて季節ものではないし、いつでも聴けそうだけど、私ブログ始めてから一度しか聴いてません。

じゃあ、大ネタなんて聴いても意味はないか。
そうではない。むしろ知っておかないといけない。
でも、聴いても寄席ではなかなか巡り逢えるものでもない。
季節ものは若干頻度が上がる。冬は時そば、夏はちりとてちんとお菊の皿。これらはよく掛かります。
一覧にはないが、秋は目黒のさんま。春は長屋の花見。

結局、落語について知ることと、寄席を楽しむこととの間には、深くはないが川が流れているのであった。
これ、みなさんどう処理してるんでしょうかね。
うちの家内なんか、演目は全然覚えない。ただ、何度か聴いていると、「この噺」として徐々にインプットされていくらしい。
「この噺」では脳内インデックスにしまいにくい気がするのだが、でもそんなのでもいいらしい。
「寄席によく通っているが、演目はまるで知らない」なんて人もいるのでしょうかね。
これはある種、純粋な寄席の楽しみといえるかもしれない。
感動してから、演題の名前を調べていくのもいいし。

まあ、個人的なおすすめはというとですね。
演目狙いではなくて、テレビラジオで日頃から落語を聴いておくことでしょうかね。
つまり主体的に立ち向かう先を、演目ではなくメディアにする。
浅草お茶の間寄席と日本の話芸と、落語研究会と、あとなみはや亭とラジ関寄席聴いておけば演目に関する知識は間違いなく増えます。
あとは、落語の速記本もいい。

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。

2件のコメント

  1. 落語初心者にはこういう記事とてもありがたいです。
    私のようなあかね噺ファンの初心者もやってくると思いますし、じっさい勉強になります。
    家からそんなに遠くないのと長時間持続する集中力が低いので連雀亭のワンコイン寄席によく行くようになりました。1時間ってのがちょうど良い感じできにいってます。いつかお気に入りの若手落語家ができるといいな。でっち定吉さんとはバッティングはしてないですが、最近同日でワンコインと昼席ですれ違ってるようです。
    今後ともよろしくお願いします。

    ちなみに、今あかね噺の主人公が修行してる話はお茶汲みです。蝶花楼桃花師匠が名前の由来になってる蘭彩歌うらら師匠から習ってます。

    1. すみません。コメントいただいてたのに気づきませんで。

      神田連雀亭はいいところです。
      私自身は寄席定席の昼夜居続けも好きなのですが、短いのもいいですね。

      お茶汲みとは珍しい噺です。
      廓噺を考える際に、私の頭に入っていないですよ。歌丸師のイメージが唯一あるだけです。

      あかね噺も読まなきゃいけないなと思ってます。ebooksで安く電子書籍が買えるみたいなので。

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