三遊亭圓歌襲名披露@国立演芸場 その5(母のアンカ)

国立定席はあっという間。早くもトリの新・圓歌師登場。旧名歌之介。
50日間続く寄席の披露目で、「落語」はどの程度出しているのだろうか?
この師匠のファンは普通の落語ファンとはちょっと違うようで、ブログなど書いておらず、調べてもほとんど情報が出てこない。
「龍馬伝」はやっているようだが、これは漫談メインの地噺。
私に言わせれば、この師匠の話芸は落語の周辺ではなく、中心にあるものだと思う。この点、先代とまったく一緒。
披露目で古典落語を掛けているのかどうかは知らないが、「母のアンカ」はありそうだと思っていた。
ちなみにこの日は母の日。圓歌師はそれで出したらしい。

母のアンカは人情漫談。
爆笑が続く漫談の中で、極めて効果的に、ピンポイントでほろっとさせてくれる。
ただ、そこに持っていくための筋道は、おそらく具体的にはなにも決めていないと思う。
決めていないからこそ、知っているネタも常に客にとって新鮮だし、また聴きたくなる。
なによりも、演者がいつも楽しそうだ。先代は、「噺に飽きちゃダメだ」と語っていたそうだが、それを具現化している当代。

古典落語でも漫談でも、演者が飽きて毎回同じように喋っていると、たちまち客も飽きてしまうもの。難しいのだ、話芸は。

師匠の思い出話と入門時に見た「ぎっちょハンドル」のエピソードから、時空を自在に行き来しつつ繰り広げられる漫談。
ひとつだけ、知らないエピソードがあった。
最晩年の師匠をトイレに連れていって、小用の世話をする歌之介師。
師匠を壁ドンさせておいて(実演付き)、ナニを支えて的に命中させるのであった。
本当にこんなことしていたのなら、その最中、ネタになるに違いないと思っていただろう。だが、師匠の逝去後すぐには披露しなかったはず。

そして、当代圓歌師の、実の娘と息子のエピソード。
子供たちのとても可愛い、いとおしいエピソードで描くのは肉親の情。母の人情とオーバーラップする。

高野山に仕事で行く歌之介師。宿泊するのは気温がマイナスになる宿坊だが、幸い湯たんぽを入れてくれている。
この湯たんぽに足を付けながら、幼少の際、離れて暮らす母が送ってくれた電気アンカのことを思い出し、布団の中で涙する師匠。

ひとつ嫌だったのは、前のほうに拍手癖の女性客がいたこと。
漫談のクスグリ一個ずつに、すぐ拍手を入れようとする。
太神楽など観て、間違って覚えてしまうマナーであろう。
こんなことをされたら一席破壊されてしまう。事実、破壊された席を無料落語会でかつて見た。
幸いこの日の客は、落語についてはライトなファンなのかもしれないが、鑑賞力は高いようで、誰もこの客に追随しない。
この客のほうも、誰もついてこないので拍手を止める。
ただ、自分の拍手の入れ方がおかしいという事実自体わからないらしくて、繰り返しアタックするんだ。
拍手自体やめてくれい。浅草ならともかく。

国立が終わると、今度は地方行脚。全国で襲名の披露目をやる。
全国の皆様、ぜひ行ってみてはいかがでしょうか。
そして、落語の好きな人にこそ、師の至高の話芸を味わってもらいたいと私は思う。

(その1に戻る)

閉演後の写真です。開演中は撮っちゃいけません。

作成者: でっち定吉

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