俺たち二刀流ナイン・北関東ツインズ

海のあちらだけでなく、国内の野球チームにとってもついに二刀流時代がやって来たというお話です。

 

「選手諸君、日本プロ野球の二軍新設球団である我がチーム、いよいよ全体練習だ。

その前に今日は、監督の私から、オーナーの要請をきみたちに伝えたい。

新たなチームでプロのリーグに参加できるのも、オーナーとスポンサー様があってのことだ。くれぐれも忘れないように。

『金は出すが口は出さない』なんておおらかな時代ではない。

君たち選手も思うところはいろいろあろう。だがグッとこらえて要請にしたがってもらいたい。世の中、だいたい不満分子から粛清されていくもんだし、特に野球界はそうだ」

選手たちはざわつきます。

「野球界怖いっすね。要請ってなんすかね」

「あのオーナーだったら、積極的にサインは盗むように、とかじゃないか」

「はいそこ静かに。サイン盗みは命じないから安心しろ。要請とはほかでもない、選手全員、二刀流宣言だ」

ざわざわざわ。

「え、二刀流ってぼくら野手に投げさせるってことですか?」

「気の早い連中だ。ピッチャーとバッターを両方やるのが元祖二刀流だが、それだけじゃない。オーナーがお望みなのは、もっと幅の広い二刀流だ。これをチームの目玉にしたいと仰せだ」

ざわざわざわ。

「おい町林、新チームであるうちの球団名を正式名称で言ってみろ」

「はい。北関東ツインズです」

「ツインズってどういう意味だ」

「ツインズ…え? あ、ぼくの地元、町田の駅前にある商業施設です!」

「元気に答えやがって、違うわ! うちのクリーンナップがこれか!

ツインズは、双子の意味だ。お前に訊いたら『玉川ですか』とか言いそうで怖いから先に言うが、これは我がチームの本拠地である北関東の二県、栃木と茨城、そしてそれぞれの県庁所在地である宇都宮と水戸を表しているわけだ。街の規模的に、単独じゃチーム維持が厳しいからダブル本拠地制になったのは知っていると思う。

オーナーがおっしゃるには、せっかくツインズなんだから、みんな一人二役で行こうということだ。これすなわち二刀流」

ざわざわざわ。

「驚いたみたいだな。無理もない。ところで仁藤、お前下の名前はなんだっけ」

「竜一です」

「なるほど、仁藤竜一か。名前がすでに二刀流。お前は名前だけでいいや」

「あの、でも」

「どうした」

「実は今度、妻の実家に養子に入るもんですから。名字が変わります」

「ほう。名前、なにになるんだ」

「武藤です」

「なに、無刀流はまずいな。養子になっても登録名は仁藤のままで行くように」

選手のほうはひそひそ話を続けます。

「広林さん、出番っすよ。もともと二刀流でしたね」

「オレが二刀流? なんのこと?」

「年増とギャルの二刀流ですよ。ストライクゾーンの広さが自慢だって。外角高めのクソボールでも構わずスタンドに叩っ込むのが持ち味だって」

「おいおいそこ、女の趣味は野球と関係ないだろうが。もちろん、男と女の二刀流とかももちろんダメだ。令和だから特にそういうのはうるさいんだ」

「監督」

「なんだ内林」

「自分は左右どちらの打席でも打てますが、これは二刀流でしょうか」

「なるほど。昔たくさんいたスイッチヒッターも、最近は貴重だから認めようか。どうせなら左が俊足巧打で右は大砲とか、さらに何かあるといいんだがな」

「はい。右で打っても左で打っても、左ピッチャーが苦手というのがぼくの特徴です」

「スイッチなんかやめてしまえ。ところで問題はやはり投手だな。全員打たせたところでチームの戦力にはならないしなあ」

「自分、行けます!」

「おお、なんだピッチャーの両林、目を輝かせて。なんの二刀流ができる?」

「自分、右投げっスけど、子供のころから左で投げる練習してました! いつか披露したいと思ってました! 特注の両手投げ用グラブも持ってます」

「おう、マンガみたいなやつがまだいた。

それこそ本当の二刀流だ。いいじゃないか。こんな機会でもないと、なかなか披露できなかったろう」

「はい監督、ぼくもあります。ぼくは右投げ一本ですけど、オーバースローと、サイドからも投げられます」

「本当か、横林。制球に苦しみそうな気がして不安だが、同じイニングで本当にできたらこりゃすごいな」

「ぼくは足速いですよ。結構盗塁には自信ありますから、代走なら」

「おう、すごいぞ芦林。ただそっちの元プロ組は渋い顔だな、組林、どうだ」

「…ええ。そりゃまあ、ね。二刀流なんてできてたら、戦力外になってないし、ここにいませんよ」

「それでも考えてみてくれ」

「選手と、ロッカー泥棒の二刀流だったら同僚にいました」

「ダメだよそんなの」

「あと、投げる不動産屋っていましたよね」

「ひとのはいいんだ」

「そうだ、よその二軍チームですけど、医師免許持ってる選手がいるでしょ。あれも二刀流ですかね」

「まあ、話題になるからそんなのもいいか。組林は何を持ってる」

「危険物取扱者です。工業高校なんで」

「…役立つといいな。隣の大林はなにか?」

「そうですね。大型免許持ってます。選手スタッフをバスで球場へ送っていけますけど」

「選手兼運転手か。まあ、低予算のチームだからないともいえないな」

「はい監督。人格の二刀流というのはいかがでしょう」

「なんだ鬼林。人格の二刀流って」

「普段は虫も殺さぬ穏やかな自分ですが、いったん打席に入ると人格変貌し、金棒を持った鬼と化します。

打席に立っているのはほかでもありません。

幼い頃から私の中にいて、一緒に成長してきた、もうひとりの私なのです。無慈悲な剛球ピッチャー返しで相手投手どもを次々病院送りにする赤鬼、これぞ人格二刀流」

「面倒なやつがいたな。危険物取扱者の出番が来たかもしれん。よかったな鬼になるのが野球のときで」

「はい監督」

「うん、なんだ熊林。それにしてもうちってなんとかバヤシしかいないのか?」

「監督ももちろん、二刀流ですよね」

「ギク…うん。監督と監督代行の二刀流だ。連敗が続くと、監督を退き監督代行になる」

「そんなズルい」

わあわあやっております。

 

さて日本プロ野球界に新たに登場した新設の二軍チーム、北関東ツインズは厳しい練習に励み、無事オープン戦も終え、いよいよイースタンリーグ開幕戦に挑みます。

新設チームにはもったいなくも、地元で開幕戦を迎えられることになりました。

本拠地、宇都宮清原球場へ選手裏方を載せてバスを運転してきたのは、5番サードで開幕スタメン、大林選手です。

開幕戦の先発は、世にも珍しい両手投げの両林選手。以下、複数のポジションや役割をこなすようになった精鋭ばかり。

まずはオープニングセレモニー、この進行を担当するのも選手たちです。

宇都宮、水戸の両市長の挨拶や、監督への花束贈呈などが滞りなく進みます。

「挨拶もういいよ。市長の挨拶長えなあ。

あんまり長いと次の選挙入れねえぞ。早く試合が観てえなあ」

「まあまあ、時間になったら始まりますよ。次はようやく始球式みたいですね」

「あれ、ベンチから変なのが出てきたな。ユニフォームの上にツートンカラーの羽織を着てるぞ。」

「地元の芸人ですかね。なんだか三味線が鳴ってますけど」

オープニング式典最後の催しの司会を務めるのは、球団公認アイドルです。

「はあい、北関東御当地アイドルの宇津野ミトでえっす。アイドルとお、大学生の二刀流ですっ! なんだ普通じゃんて? ウフッ。

全選手二刀流宣言の北関東ツインズ、開幕宣言はこの選手にお願いしまあす。仁藤竜一選手でえっす。仁藤選手、名前だけのなんちゃって二刀流かと思ったら違うんですよお。

仁藤選手は見てのとおり、あ、見たってわかんないですよね、ユニフォームの上に派手な着物着て、扇子をパチパチ開いてる、ちょっと怪しいおじさんみたいですけどお、ほんとは23歳だそうですよお。

なんと仁藤選手、プロ野球選手と落語家の二刀流なんですう!

仁藤選手は中学では野球選手で、地元の強豪校もスカウトに来てたそうですよ!

でも竜一少年、『オレは甲子園より、天満天神繁昌亭の高座に上がる!』とかわけわかんないこと言い出すんですねえ。

中学卒業後すぐ、上方落語界の重鎮・豪々亭蓬莱師匠に入門し、豪々亭ちまきという名前をもらって修業に励みました。

その後年季明けで、あ、年季明けなんて言ってもわからないですよねえ、私もわかりませんでした。独り立ちってことですね。私破門と間違えちゃいましたけどお。ちまきさん、なぜか野球がやりたくなったんですって。

落語家のかたわら、独立リーグの門を叩いたという変わり種なんですう。そしてブランクもなんのその、独立リーグでは見事ショートのレギュラーを獲得し、今年からこの北関東ツインズに移ってきたんですよお。

ツインズで活躍してドラフトを目指す逸材らしいですう。

仁藤選手、出塁すると落語の稽古してるなんて噂ですよお。稽古しすぎて牽制で刺されたなんて話ですけど、ほんとでしょうかあ。将来落語家と野球選手のダブルプロ、期待の二刀流、仁藤竜一選手、どうぞお」

「なんちゅう紹介や。あとでしばいたるで。あ、仁藤竜一こと豪々亭ちまきです。いや、逆か。まあええわ。

お目当ての師匠、いや選手が不調のときはアタシも代演でご機嫌を伺います。

落語は大阪弁ですけど、今日は江戸っ子でいきますよ。べらぼうめ。

めでたい開幕戦の前座で、なぞかけを。ツインズファンと掛けまして、満塁ホームラン2本と解く。その心は、ハッテン間違いなし」

「わー」

「あ、すいません。このネタ定番なんです。持って帰っておうちで披露してください。

次は私のオリジナルです。野球なぞかけ。

ええ、『三遊間後方にフライが上がって3人で追いかけた』と掛けまして、落語の最後と解きます。

お客さん、待ち構えてないでね、ひとつ合いの手をお願いします。私がなぞかけを振ったら、『その心は』と返してください。

もう一回行きますよ。三遊間後方にフライが上がって3人で追いかけたと掛けまして、落語の最後と解きます」

「その心は」

「キレイに落ちるでしょう」

「わー」

「もちろん、ツインズの攻撃のときですよ。

じゃ、最後にもうひとつ。

降雨で中断中のグラウンドと掛けて、投手と解きます」

「その心は」

「ぴっちゃー。おあと大勢、いよいよ開幕ですっ! 豪々亭ちまきこと仁藤でした」

 

オール二刀流の北関東ツインズ、いかなる活躍を見せますか。

開幕戦こそ惜しくも0対21で敗れましたが、ツインズ白熱のペナントレースに乞うご期待。

 

※ 2024年落語協会新作台本募集落選作品です。

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。

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