三遊亭はらしょう「俺とシショーと落語家パワハラ裁判」(下)

昨日東京かわら版4月号が届いて、はらしょうさんの当書出版記念会のもようも取り上げられていた。
かわら版は本来中立だけれども、この大きな事件については被害者側に軸足を置いている。私の目にはそう映る。
小さな業界の小さなメディアとはいえ、さすがにそうでないとまずい。

昨日は2か所間違いがありましたので直しております。
はらしょうさんに厳しい先輩前座は、10歳「下」です。それから控訴審は控訴人(パワハラ加害者)側の取り下げです。

はらしょうさん、師匠のほうは弟子を息子のように思うことがあることに触れる。しかし決して逆はない。
師匠を親父と錯覚する弟子はいない。この一方向の関係性が悲劇の始まり。
「師匠さあ」とか言えてしまう喬太郎師みたいな人は救いになる。

後半の被告尋問は最大のウケどころ。
被告本人も、そこは芸人のサガ、ウケを狙いに行ったのではないだろうか。まあ、ウケたってなんにもならないんだけど。
元弟子をぶん殴ったのは、錦鯉のツッコミの程度なんだという。ポンと。
決して暴力的な行為はしていないという主張であるが、そんなものを出すぐらいなら、「弟子は師匠にすべてをゆだねるべきだ」という時期遅れの準備書面などいらない。
そして、馬雀さんに対して「君は俺のことがまだ好きなんだろ」と語りかける。もちろん法廷においては不規則発言のたぐいである。
これも、ワンチャンあると思ったのかもな。まがりなりにも自分に惚れて入ってきた弟子なんだからと。
そして被告尋問による主張は、裁判上はなにひとつ採用されなかったことがわかる。支離滅裂だからだ。
自分の弁明というより、元弟子を公衆の面前で貶めようとして失敗しただけ。

それにしても、弟弟子(歌実)はどうなるのだろう。
本書にも、傍聴に来ていたこと、そして控訴審で採用されなかった陳述書(自分で書いていない)のことが描写されている。
いい悪い、正義不正義はさておき、彼は完全に人生の選択肢を間違えた。
最初から馬雀さんとは異なる道を歩んでいたというのならまだいいのだが、一時は一緒に離脱しようとしていたのに師匠側に立ち戻ったのである。
そしてわけのわからない師匠弁護をXでして。

さて、本書はパワハラ裁判と、はらしょうさん自身の経験が交互に描かれている。ややもすると見失ってしまうのだが、メインテーマは師匠(円丈)の告発と、破門するあらゆる師匠に対する告発だと思う。
今でも新作落語のパイオニア、円丈が好きな気持ちは自分でも否定できないものの、常に言葉で追い詰め続けられ、精神に異常をきたしかけ、そして具体的なしくじりもないのに破門された。
確かに、弟子に採ったはいいものの、早めに辞めさせるべき人間はいるのだろう。しくじりをすべて許す理由もないだろう。
しかしはらしょうさんの処遇に関しては深刻な矛盾がある。
その後落語協会に復帰もできないままなんとか活動してきて、ドキュメンタリー落語で確固たる地位を築き上げた人だ。この点からすると破門は間違っていたと言わざるを得ない。
そもそも円丈師自身がブレて、呼び戻しているのである。師弟関係を元通りにして色物弟子から、最後は落語をやっていいとも言ってくれた。
してみると、安易な破門こそ元凶。

はらしょうさんの苦悩は、落語ファンが破門されたことを知っていること。その後解かれたのに。
しかし、一度でも破門された人間は、その原因がどうあれ一生続く烙印を押されるのである。破門の印象が付いて回るのだ。
はらしょうさんは、ゲストに師匠を呼んだ会において、ファンに「いつ許されるのか」と訊かれたのだ。
そして今でこそ払拭しているが、同業者からも当初冷ややかな目で見られていたという。

この点、でっち定吉からもお詫びしたい。
はらしょうさんは一度神田連雀亭で聴いて褒めている。
だがどこかに「この人は東京にはあるまじきフリー噺家だしな」という冷たい視線が、私にもあった気がする。
好き嫌いとは別次元だが、「いつまでも神田連雀亭にいると後輩が入ってこれない」という気持ちもあった。
しかしどう考えても、この責任、ご本人にはないのだった。師弟関係がじき復帰したことからもそれが証明される。
これもすべて、師匠の間違った破門(と落語協会名簿からの抹消)に端を発しているのだ。
破門後に気にかけてくれる師匠は確かに優しい。そのことは同意するし、感動もしないではない。
だが、そんな憐憫程度では足りないことを、ひとりの噺家の人生にしたのだった。

師匠が人間的にいかに欠落を抱えていた人だったかは、没後に弟子たちからたっぷり語られている。
だからはらしょうさんとのやり取りも意外には思わなかった。
それにしても圓歌と異なり尊敬する気持ちが失せたわけでもなく、それが目を曇らせる。

ちなみにはらしょうさんが神田連雀亭に出られるようにしてくれたのは、番頭であった馬雀さんのおかげもあったとのこと。
はらしょうさんには、噺家としての所属が必要だなと思った。東京演芸協会ではなくて。
円楽党でお世話になれないものだろうか。亭号は三遊亭だし。
ちなみに圓歌一門も三遊亭だが、円楽党のほうが関係性はずっと近い。

三遊亭はらしょうさんは、破門の烙印を解くため行動すべきではと思った。
さて本書には書かれていないが、「破門されたが蘇り、過去を完全に払拭し、以前にまして活躍するようになった」噺家がひとりだけいる。
春風亭かけ橋さんだ。
もはや大師匠をしくじってクビになった(誰も語らないので、否定されていない状況証拠による)ことは、誰もマイナス評価をしていない。
こうしてみると、元師匠・三三師は最大限頑張ったのだなと。
私は定期的に三三師聴いているし、事件を理由に避けたりはしていない。それでもこの人、「弟子の未来を救ってやった英雄」みたいな態度を見せるよねと思っていた部分も正直ある。
もっと自分の師匠に逆らってもよかったのにと。
だがはらしょうさんの語る無関係なストーリーから、救ってくれた師匠としての姿が、間接的に読み取れてしまった。

「下」もたっぷり書いてしまった。
またどこかで実質的な続編を出します。

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作成者: でっち定吉

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