寄席芸人伝19「晦日の月の助」

2年振りに取り上げた「寄席芸人伝」。続けてもう1日。
今回のエピソードもまた、いずれ取り上げようと思っていたもののひとつ。
第2巻から、第27話「晦日の月の助」。
寄席ではもう少しすると年末モードになってくる。その際に出る「掛け取り」「尻餅」などを織り込んだストーリー。

古今亭志ん生のエピソードを脚色したものらしい。
ただし、どこかで読んだ別の噺家の実話が混ざっている。それが誰のものであったのか覚えていないし、調べられないのだけど。

なかなか芽の出ない噺家、三遊亭月の助。
暮れも押し迫ったある日、月の助のおかみさん、おたきが実家に呼ばれている。ロクでもないあの亭主といい加減別れろと。
悩んだかみさんは、月の助の師匠の家に相談に向かう。
師匠はすべてお見通しで、かみさんの相談を聴かないうちに口を開く。
師匠曰く、「芸人は貧乏しなきゃいけねえが、だからといって気持ちまでみじめになっちゃしまいだ」。
続けて「貧乏をすれどこの家に風情あり質の流れに借金の山」、狂歌を例に引いて、貧乏を笑い飛ばす気概が月の助にはあると。

師匠の話を聞いて、亭主とのやりとりを思い出すおたき。
年末に餅をついてやろうと、落語の尻餅を実際にやってみせる。
そして、蚊帳を買ってきてくれと月の助に頼むが、亭主はその金で落語全集を買ってきてしまう。
夜通しうちわで蚊を払うと言う月の助。これは「二十四孝」から引いたもの。

おたきが家に帰ると、月の助が借金取り撃退の準備をしている。
家の前にバリケードを張り、そして貼り紙。
「文治四年源義経衣川の館にてたてこもる
元弘三年楠木正成千早城にてたてこもる
天正十八年北条氏直小田原城にてたてこもる」
以下、加藤清正、真田幸村、天草四郎等歴史上の立てこもった武将たちを西郷隆盛まで列挙し、最後に、
「明治四十年十二月三十一日三遊亭月の助我が家にてたてこもる」

借金取りたちがやってくるが、籠城が堅固だとあきらめて帰ってしまう。
新年を迎え、この人の明るさについていこうと決心するおたき。

実際にこのとおり家に立てこもった噺家がいたのである。誰だったか。
落語の借金取り撃退といえば、「掛け取り」「睨み返し」「言訳座頭」であるが、落語のエピソードよりさらに面白いことを実際にやった先人がいたのである。
月の助の師匠が披露する狂歌は、まさに「掛け取り」に出てくるもの。
掛け取りではこの後、貧乏づくしの狂歌が続くのだが。
「貧乏をしても下谷の長者町上野の鐘のうなるのを聴く」
「貧乏の棒も次第に長くなり、振り回されぬ年の暮れかな」
とか。

圓生の紹介した先人の逸話の気がするが、記憶が定かでない。
それ以外のエピソードは志ん生だろう。蚊帳を買いにいって落語全集を買ってきてしまったというのはまさにそれ。
志ん生は、なめくじ長屋に住むまで夜逃げを繰り返していたというのは有名な話。
夜逃げを許すほうもすごいけど。

ともかく、歴史上に名を残した志ん生は、売れて平穏な晩年を送った。倒れた後、暇を持て余しぶらぶらしていた時期はあったが。
マンガの月の助も、きっと後世に名を残したのだろう。
おかみさんも幸せな晩年を過ごしたに違いない。

現在の落語界は、二ツ目でも落語だけで生活ができるようになっている。
だから多くの人が結婚して、なんとかやっている。
現代でも、ヤクザみたいな仕事だからやめろという、妻の父母もいるのだろうけど、それでもまあなんとかやっているようだ。
才能があってこその話とは思うけど。
旦那の才能を見抜いた月の助のかみさんはやっぱり偉い。

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作成者: でっち定吉

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