柳家わさび「洒落番頭」

笑点に関する続き物は、結構力が入ってくたびれてしまった。
なんでそんなところに力を入れるのかと思われたかもしれないが。
そんなこともあって、総選挙の朝、ネタができていません。
政治がらみを書くと気持ちが暗くなる。やはり楽しい高座の話にしよう。

柳家わさび師は、浅草お茶の間寄席の常連である。この番組、妙に人選の偏りがある。
よく出てきて嬉しい人も、なんでこんなに出るのと思う人もいる。わさび師は前者。
先日、浅草の披露目に行ってきたら千葉テレビの収録が入っていた。カメラが入っていても、なんら緊張感がないのはさすが浅草。
高座から放映があることを断っていたのが、わさび師と、柳家花緑師。もう少し流すんだろうが。
今回取り上げるのは、そのさらに前の収録。私の視ているTVKでは、先週流れたもの。

わさび師、実に軽い古典落語をする人。新作もどこかでやっているのだと思うが。
軽い古典落語は、TVで流す以前に、寄席の番組の中で極めて価値が高い。
落語研究会や東京落語会(NHK日本の話芸の東京収録をする会)など、大ネタが次々続くのも、悪いことはない。
だが寄席はバランスの世界。軽さはとても重宝される。
重宝されるから、実際よく顔付けされている。
真打に昇進して2年だが、このしんどい時期をわりとスイスイ乗り切っている。
そんな軽い一席、ネタは洒落番頭。

洒落番頭(または庭蟹)という小ネタ、珍品だったはずだか落語協会では妙に流行っているようで、浅草お茶の間寄席でも見かける。
ほんの数年で、流行りのネタが替わるところが落語は面白い。
背景にはなぞかけブームがあるんじゃないかと睨んでいる。シャレはなぞかけのルーツみたいなもの。
なぞかけみたいに「上手い!」というほど上手くはなくて、口から出まかせだけど。
ねづっちは芸協だから、洒落番頭も芸協で流行ってもいいと思うがどうでしょう。三笑亭夢丸師なんかすでにやっていても驚かないが。
ついでに「洒落小町」も誰か流行らせないものだろうか。
ちなみに、「洒落」の「洒」という字、前座さんがネタ帳に付ける際に「酒」と書いてしまうのは「あるある」らしい。

出てきていきなり、「オリンピック実行委員だったら『おろされる』柳家わさびです」と挨拶。一応、わさびをすりおろす仕草をしているのだが、全然客にはピンと来てない。
しかし、ツカミで滑ってもまったく動じないところがすばらしい。
動じるような芸風じゃないし、慌てて客いじりをしたりもしないのだ。

浅草お茶の間寄席についてのマクラ。たぶんこの前のカットされている部分で、前座いじりでもしてるんじゃないかと想像する。
高座でいつも笑われる自分の姿を描写して、「シャレってのは難しい」と早々本編へ。

声を張り上げるわさび師だが、落語における一般的な「いい声」ではない。苦手な客もいるだろう、きっと。
だが、わさび師は早々と、自分の世界を作り上げてしまうのが偉い。わさび要素だけでできあがった世界が気に入れば、ずっと楽しく聴いていられる。
演技とか、話術とか、細かいレベルでなく全部がワサビワールド。

洒落番頭は、登場人物4人。

  • シャレの得意な番頭
  • シャレの得意な小僧の定吉
  • シャレのわからない主人
  • シャレのわかる夫人

シャレのまったくわからない主人に振り回される番頭が愉快な噺である。
シャレの確立した世界においては、わからない人が世界を変容させるのである。

主人が、洒落番頭の異名を取る番頭さんにシャレを強要するが、わるでわかってくれない地獄のギャグハラ。奉公人はつらいね。
わさび師、古典落語にさりげなくギャグを足しているところがすごい。
「すずり」でシャレを言えと言われ、自信満々に「すみに置けませんな」と番頭さん。
続いて、わからない主人に「すず(り)れいしました」。
わさび師が付け加えたんだと思うのだが。
そのかわり、「庭蟹はシャレられません」の後の「すずけってはできません」は抜いている。
実際に観た浅草の高座でも思ったのだが、やはり隠れ新作派なのがこういうところに現れる。

主人がいつまでたってもシャレを言ってくれない(誤解だが)番頭に、「商売はまめでやんなさい」と意図しないシャレを言っているのが思わぬアクセント。

わさび師はますます出世していきそうだ。

作成者: でっち定吉

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