瀧川鯉橋師の登場時に戻ると、前回も聴いた話をしていた。
27で楽屋入りした鯉橋師は落語にも詳しくなかった。
ネタ帳付けるとき、知らない噺も出るのだ。圓遊師匠とか。ここで名前出すことはないが。
でも彼らに訊いたら瞬時にわかる。今のスマホより速い。
江戸時代の身分制度から、試し斬り、そして「なんだ今日も叩きにきやがって」の小噺。
小噺、ウケてるけどわかりにくいと思うらしい。
「腕も大した事ないし、刀もなまくらでした」という解説入り。
江戸時代の侍、大小合わせて2kg以上を腰に差していた。
江戸時代の侍の骨格標本があり、それによると左足の骨の顕著な発達が見られるんだと。
それから塚原卜伝(違ったかも)の、人を斬ったあと相手が普通に歩き続け、友達に肩を叩かれたとたん真っ二つになった逸話。
ワザの名前、なんて言ったっけ。
ワンピースでこのワザがこの名のまま転用されており、子供はみんな知ってるらしい。
ちなみに、鬼滅の刃のお陰で小学生が吉原のことをよく知ってるという話も。学校寄席で先生がそう言っていた。
本編の首提灯は、シンプル。
こはくさんから聴いたおでん屋のくだりもなく、好志朗さんから聴いた胴斬りの一部もない。
一杯やってご機嫌な男、品川のなじみの女を目指す途中で侍に声を掛けられる。
侍は勤番ものであり、言葉が結構訛っている。
麻布までの道を教えてやればいいのに、侍の態度が気に食わない町人。悪態の限りを尽くす。
悪態に、「ぼこずり野郎」というのが入っていた。かまぼこをすり下ろすのが由来らしいがよくわからない。
べらぼうの仲間なんでしょう。
悪態はサンピンときて、とどめがカンチョーライ。
これは意味を訊かれた町人のほうも、さすがにわからない。
首提灯は、町人の自業自得と思うか、侍がひどいと感じるか。
演出しだいでありとあらゆる地点に着地しそう。この点難易度高そうだ。
鯉橋師は、「侍が身分制度を根拠に高圧的過ぎる」ところを突破口にしたようだ。
町人も確かに悪態つき過ぎてるのだが、それを引き出すスイッチは、(現代人の視点からした)侍の高圧さである。
それになんと言っても江戸っ子だ。二本差しが怖くて田楽が食えるか。
田舎侍め。落語の客にも、町人が怒る理由の一端はわかるのだ。
立腹した侍の餌食になる町人だが、「かわいそう」と客に思われてしまうのもまた違う。
ここから先、ナンセンスで行かないと。
歩くたびに横向く首、直してもまたズレる。唄をうなると息が漏る。
マクラのおかげで、珍しめのこの噺を聴く客はわかっていて、わかっていないのは町人だけ。
ついに頭が落っこちてくるが、ニカワで付くかなとまだのんき。
最初から大満足。
楽しいトークの空気も変えてみせる本格派古典。
続いて雷門小助六師。
鯉橋さん偉いなと。今話をしたら、首の落っこちる所作だけやり損ねたと言ってました。
マジシャンのセロを見てイメージした所作だそうですよ。
タネ明かしは野暮ですけど、マジックではスーツにワイヤー入れておいて、スーツを引き上げるんだそうです。
研究熱心ですよね。そしてああやって後で反省するという。
小助六師は、トリネタの徂徠豆腐。
トリネタだが、師の場合仲入りで出せるもの。スピーディだから。
といって、コンパクトではない本格派。
荻生徂徠の名は、豆腐屋との再会の場面で初めて出てくる。名乗り忘れていたのだ。
豆腐屋が、落語の客と一緒に学者先生の正体を知る仕組み。
季節的には年明け、ちょうど今の季節だが、寒さの描写はなかった。
徂徠は、年末の払いを済ませてすかんぴん。どうして文なしになったか、その背景を手短に語り切る。
その後の編集が巧みである。劇中の時間経過が長いのに比べて、高座の時間経過は極めて短い。
しかし端折っているような感は皆無。情報をきちんと盛り込みつつ、非常に軽やかだ。
文なしが明らかになるのも、豆腐屋が意気に感じるのも、豆腐屋が風邪を引いて先生が行方不明になるのも、とにかく早い。
貰い火で豆腐屋が燃えるのも、使者がやってきて10両置いていくのも、その後ついつい使っちゃうのもスピーディ。驚いた。
人情噺というもの、たっぷりやってナンボというところも正直あると思う。
たっぷりやる道を選ばずして、でもたっぷりという芸。
クスグリは、「冷やっこって誰」と「狙いはあたしだよ」それから「がんもどきもつけとけば」ぐらいかな。
でも、ユーモアは全体に漂っている。
聴いていて、実に楽しい。
年末に元住吉のひとみ座の会で、小助六師の禁酒番屋を聴いた。
あれもまた、シンプルな展開と仕掛けでありながら、たまらなく楽しいものだった。
編集力と、短い時間でたっぷり語る点こそ、小助六師の最大の魅力なのかもしれない。
徂徠豆腐はサゲらしいサゲはないと認識しているが、最後にひとつ作ってあった。
徂徠先生の着物がボロボロ・ツギハギの木綿から、絹に変わったことを豆腐に掛けているもの。上手いサゲ。