県民共済シネマホール寄席(下・瀧川鯉昇「二番煎じ」)

もちろんというべきか、昔昔亭桃太郎追悼落語会はどこかであるみたい。
喜太郎さんも話をしていた。
もちろん鯉昇師も出るのであろう。

トリは瀧川鯉昇師。
いつものようにしばらく無言で微笑む。ピーク時よりは短くなったかな。

面白マクラの知らないネタは、桃太郎師に関するものだけ。
鯉昇師は本来的には、ウソ話しかしない人である。
暮れに桃ちゃんが倒れて二人会が独演会になった際と、この日は例外。
このあと追悼の落語会があって、そこでしかもう、追悼マクラは聴けないのではないだろうか。

亡くなった桃太郎師匠は、私のすぐ上の兄弟子で。いろいろお世話になりました。
喜太郎さんも今度真打ですが。
誰のでしたか、あるとき真打の口上に並んだんですね。
桃太郎アニさんも並んでいました。
私のそのとき締めていた帯が、紺色だった。
あとで桃太郎アニさんが言うんですね。

おうお前、披露目なんていうものはな、黒紋付なんだから白い帯で出るもんだよ。色は付けちゃいけないんだ。
最近はそういうことも教えてくれる人がいなくなったからな。
だからな、この帯、お前にやるよ。
それが、今締めてるこの帯なんです。

ありがたくいただきまして。
その後また別の人の口上に、一緒に出たんですね。
そしたら桃太郎アニさん、茶色の帯でした(場内爆笑)。
訊いてみました。
そりゃまあ、白いほうがいいんだけどな。お前にやっちゃったからな。
まあ、結論としてはなんでもいいということです。

ちなみに、モノマネはしない。
すべてを自分の口調で語るのが鯉昇師の話芸。

あとは、暖かさは戻ってきたが女房が戻ってこない連中が楽屋に生息しているとか、骨を強化するサプリをもらったが、効果がわかるのは骨上げのときだとか、いつもの鉄板ネタ。
何度聴いても楽しい。

寒いのを強調して二番煎じへ。
ちょっとあったかくはなったがまだ2月。鯉昇師も、これからまた寒くなると予告していた。
そして現在よりも3度は低かったと思われる、江戸時代の冬の描写。
4年前に聴いて以来である。

鯉昇師、わりと破壊して原型をなくしてしまう噺もやる人。
だが普通にやって面白い噺は、そこそこ普通にやるのだ。
先日聴いた冬の噺、味噌蔵もそう。
骨格は結構普通の二番煎じ。
夜回りして、煎じ薬と称する酒を飲んで、しし鍋つついて。役人が来て。
これがたまらなく面白い。

昔の音源では、酒のマクラからこの噺に入っていた鯉昇師であるが、もうやめている。
酔っ払いが出てきても、決して酒の噺じゃないと思うので、賛同する。

普通にやるというのは、人情のほうに舵を切らないということでもあるみたい。
奉公人が働いてくれているから店が回る、感謝しなくちゃとか、そんな脇道には入らない。
鯉昇師は、場面展開が早いなと思う。スピード感があるわけではないのに、決してもたれないのはこういうところかな。
各シーンにおいて、ウケたいと思っちゃうともう一押し二押し、余計なこともやりかねない。
だが語り口の愉快な鯉昇師、短く切り上げてウケないということがない。だからどんどん先を急げる。
きっとそういうことだと思う。
ウケたくなって押しまくると、必ず反作用が生じるのが落語。
まったくウケを入れずに進んでいくやり方もあるが、これは最上級者向けで、普通には評価されづらい。

登場人物の背景であるとか、いくらでも膨らませる箇所のある噺。実際そんなのをよく聴く。
でも最速で進んでいく。物足りない感はまるでない。

前回聴いた際、「長屋の花見では猫食っちゃうのに、二番煎じで犬は食わないんだな」と変なことを思ったことを書き残している。
その後、長屋の花見でも猫食わなくなった。面白さはまったく落ちていない。

役人の前で鍋を隠してふんどしが沁みるシーンも、本当にさらっと進む。
宗助さんに対する繰り返しのギャグもなく。

鯉昇師のユニークな古典落語、だいぶ被ってきたなと思うようになったのだが、最近はそこを突き抜けてもう一段階上のレベルで楽しくなってきた。

鯉昇師のおかげで気持ちよく締められた。
近所のドトールで初日の記事を書いて当日出し。
それから新宿三丁目に転戦しました。
食事してたら、意外とギリギリ。

ハシゴで満足したので、4年連続で参戦していた拝鈍亭の圓太郎師はやめてしまった。
案の定、きく麿作「あるあるデイホーム」が出たそうで。残念だがまた聴く機会もあるだろう。

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