「今年もやってまいりました。寄席の掲示板大賞を発表します」
「昨年やった覚えがないのはスルーしますが、もう3月ですけどね」
「年末に出そうかと思ってたんだけど、ついのびのびになっちゃって」
「適当ですね。ところでまず、この大賞の趣旨からご説明ください」
「寄席というものが、どこの町にもありますね」
「ありましたっけ。江戸時代じゃないんですから」
「中には、寄席を中心にして発展した町もあります」
「ははあ、城下町や門前町みたいな。寄席前町とでもいうんでしょうか」
「寄席はですね、修行の場でもあるんですね。朝から多くの前座さんが日々の修行を積んでいます」
「カネや太鼓も鳴るわけですね。頭がボウズの前座さんもいます」
「その、地域のシンボルである寄席の前を通ると、掲示板がありますね」
「ありましたっけ」
「そこに、お席亭の考えたステキな文句が飾ってあるわけです。思わず人生を振り返ってしまうような」
「見たことない気がしますけど。寄席にあるのは掲示板でなくてかわら版ではないでしょうか」
「ともかく全国の寄席に掲げられた文言から、今年の一推しを選ぶ企画です」
「だいたいわかりました。それでは今年のエントリー作品をご紹介しましょう」
「まずこちら。<たぶん鳴らないだろうという驕り>」
「ははあ。あれですね。寄席の最中に着信音が鳴り響くという」
「客の驕りが見られますね。電話ですからね。鳴るものは鳴るものです」
「なんだかだんだん、お席亭のありがたい説法に聞こえてきました」
「では次。<間違えたセリフだけウケる>」
「無常ですね」
「無常です。一生懸命稽古したのに噛んでしまったり、詰まったり。そこだけ爆笑を呼びます」
「前座から真打まで、みなやりますね」
「では次。<マクラさえ喋らなければ完璧>」
「完璧というのがまた無常観をそそりますね」
「そう。ほぼ完璧な高座なのに、私生活を語るマクラでごっそりマイナスになるという」
「修行が足りませぬな」
「さようさよう。では次。<このくだり、仕込んだっけという迷い>」
「ああ、子供のほめ方教わってないのに子供をほめに行ったりするやつですか。後で気づいたら、どうしたらいいんですかね」
「堂々知らんぷりしてやるか、お客さまにちゃんと説明してウケにするかでしょうかね」
「まあ、しくじったら反省文でも半紙に書いて、お焚きあげするしかないですか」
「次。<高座をダシにして俺がウケてやるという傲り>」
「驕りシリーズですね。なんですかね、これ」
「高座に声を掛ける自分自身が面白いんだぜ、と、承認欲求に満ちた客の無益なアピールですね」
「ああ、浅草あたりでよく見るタイプの客ですか。全員に『待ってました』と声を掛けるとか。演者が面白いこと一言発するたびに『上手い!』とか」
「どんどん行きましょう。<みんなにオチを教えてやろうという親切>」
「ああ、先に『衣をつけた』とか言っちゃうやつね」
「とんだ親切もあったものです。次。<くしゃみしてる場合じゃないよ>」
「これはもう、そのままですね」
「そのままです。客席からくしゃみが聞こえたら、それを演者が取り込むという」
「こんな演者、一人しかいませんけどね」
「どんどん行きましょう。<前座だって人間だ>」
「ははあ。前座は人間じゃないんだと昔はよく言いましたけども」
「令和ですからね。続いて。<厳しそうな師匠に見えて、実はもっと厳しかった>」
「あるあるですね。厳しいからってよそにそうそう移れませんからね」
「じゃ、昭和っぽいのも。<誰にも言うなよ 大洋ファンなんだ>」
「大洋ホエールズですか? まるはの」
「昔は、支持政党と同様、野球の贔屓チームについても語っちゃいけないなんて暗黙の教えがあったんですね」
「今じゃベイスターズファンを公言している人なんて普通ですけどね」
「次。これは昔からある格言みたいなものですね。<稽古が仕事。高座が集金>」
「いい言葉です」
「こんなのも。<寄席に出たいから仕事してるんだよ>」
「うん。お金にならない寄席のために、全国を飛び回っているんですね」
「それから、こんな系統もありますね。<ぼくの勇姿を撮影してくださいという無常>」
「なんですか、これ」
「わからなければスルーしてください。<二刀流の英雄は骨折しろ ギャグを放つ私と笑う女>」
「これまたなんですか」
「これも一緒にお焚き上げしましょう。次。<万博はアホが行くもの 万博成功を眺めるアホ>」
「誰のことでしょう」
「なんか、こんな人もいるみたいですよ」
「いっぱいいたこの方面のかたはどこ行ったんでしょうね」
「まあ、じきなんか噴き出ますよ。なにかあるたびこの流れはミャクミャクと続きます」
「ちょっと方向がそれましたかね」
「では元に戻しまして。<演者だけがマニア客だと思う ここは池袋秘密倶楽部>」
「なんですか、これ」
「通ってる客のほうは普通の落語好きのつもりで出かけているのに、待ち構える演者のほうはマニアばっかりだと思ってる、そのギャップが無常観をそそるわけです」
「なるほど、無常だ」
「ええ。客も演者も思い込みで生きている」
「さて、大賞は?」
「<オチはあるはずだという思い込み>」
「…出てませんけど」
「しみじみと無常ですなあ」