遊雀ひとり(中・三遊亭遊雀「小言幸兵衛」と前座論評)

遊雀師の、いっちさんへの短評は実に面白かった。

あとはね、音として師匠の落語を入れるっていうことだね。
みんなさ、噺覚えるときにノートに書くんだね。それはそれで大事なんだけど。
ノートに頼っちゃうとさ、音が出ないんだよ。
教わった噺をね、音で覚えるんだよ。音楽としてね。それができてれば、少々間違ったところでどうってことはないんだ。
もちろん、自分のリズムができればもう、ノートに頼っていいんだけどね。今の段階ではやっぱり音をね。

あとね…
若旦那がね、遊びを知らない感じなんだね。いっちがね、若旦那でも生真面目なんだろうね。
あの若旦那、童貞だと思うんだよ。
遊びを知らないんだね。色気が出てないんだ。
師匠(小痴楽)がね、どれだけ必死で遊んできたかってことだよ。噺のために。
まあ、もともとそういう一族でもあるんだけど。
俺だってね、噺のために必死でね。
まあ、そのぐらいかな。

これはすごい芸談だ。こんな内容、高座で語る人はいない。
落語のリズムがなんなのかというテーマであり、そして登場人物の了見をどう捉えるかという話である。
芸協における、偉大なコーチとしての遊雀師の姿が浮かび上がる。外様の遊雀師が、なぜ深く敬意を払われているのかがよくわかる。
若旦那が童貞のわけはないけど。

本編は小言幸兵衛。一応、小言からつながる。
聴きながら、名前出して申しわけないが権太楼師のものより圧倒的にいいなと思った。
以前二番煎じを聴いた際にも、同じことを思った。もちろん最後は好き嫌いの問題だと思いますけども。
遊雀師の猫の災難については、権太楼師のものと基本一緒だったけど。

小言幸兵衛は性質上、どうしてもパワハラをうかがわせる噺である。
そして、権太楼師のものはかなりこれが強く、NHK新人落語大賞で厳しい批評をしていたあの姿を思い起こさせる。
個人の感想です。
遊雀師のものは、この要素が一切ないのである。不思議なぐらい。
なんでこんなにしっかり小言が立ってるのにも関わらず、人間に嫌味がないのであろうか。

逆説的なのだが、家主幸兵衛の行動原理を描かないからこうできるのかなと思った。
でもきっと、演者自身には行動原理はある。でも出さない。
客の私には、矛盾のない人間であることだけ伝わる。

長屋回って、泣きやまない子供にだけ幸兵衛さんはキレている。寝かして顔の上に濡れ雑巾被せろなんてひどいことも。
でも全然へいき。噺は傷つかない。不要な行動原理が出てこないからみたい。

家に戻って、婆さんにさほど悪態ついてないところにちょっと秘訣は感じる。
だからといって、本当はいい人間だなんて描き方もない。

豆腐屋が出ない。
3番めにやってくる鉄砲鍛冶が出ないのは普通だが、最初の豆腐屋も削るんだ。こんなの初めて聴いた。
仕立て屋だけに絞る。
非常に自然に仕立て屋に入っていったため、豆腐屋が出ないことにしばらく違和感を覚えなかった。

この仕立て屋、非常に礼儀正しい人間であるが、結構変。
だが、遊雀師の仕立て屋は変でもありつつ、最後まで比較的まっとうな人間のまま。
幸兵衛さんの妄想ワールドを、仕立て屋を使って浮かび上がらせるなんてやり方はしないのである。
権太楼師の仕立て屋は繰り返し「私まだ越してきてないんでございます」とツッコミを入れる。これ、目的はわかるのだけど、どうなんだろうと思っていた。
当たり前のツッコミだからな。
遊雀師の仕立て屋は、一切逆らわない。
逆らわないから、噺に緊張を与えない。
お前の息子は、(留守宅に)上がる奴なんだ! と幸兵衛さんに責められて、「申しわけございません」と謝っている。
謝るほうが不自然なのに、遊雀ワールドにおいては最も自然な反応なのであった。
これ、堪忍袋の大家が、ケンカする夫婦に謝ってるのを連想した。誰にでもできるわけでもない。

幸兵衛さんが悪目立ちしない理由は、生の高座に向かい合ってちょっとわかった。
上手を向いて幸兵衛さんを演じる遊雀師、薄目を開けて喋っている。
目力が抜け、悪い気配が消えているのである。
そしてこの薄目を開けた顔、本来の遊雀師よりも10歳以上年寄りに見える。
故・柳生博みたいな顔。これでだいぶ噺のトゲが和らいでいる気がする。

湯屋番にちょっと似てるなと思った。小言幸兵衛は妄想を楽しむ噺である。
ただ湯屋番と違い、遊雀師は小言幸兵衛からツッコミを排除してしまった。

ところで、芸はすばらしい。この空間もいい。
だが、過剰に笑い声を上げる客1名と、過剰に手を叩く客1名がいてちょっと辟易した。
配信がどれくらい聴かれてるのかわからないが、たぶん配信の客にとっては極めて耳障りだったろう。
昼も夜も、他の客に悩まされる一日である。

続きます。明日は横浜のフィニッシュ。

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