早くも柳亭市馬師登場。師は浅草の昼トリである。
会長勇退後の市馬師、掛け持ちも多い。
なので最近寄席の早い出番で立て続けに聴いている。寄席にぴったりの芸で、たまらない。
トリの浅草も興味なかったわけじゃないのだが、さすがに前席に行ったばかりだし。
子供を振って、雛鍔。
雛鍔は春先に出すことが多いと思う。
とはいえ本来季節感ある噺でもないので、この初夏に出していけないわけではない。
お屋敷の若さまを「若旦那」と言ってしまう。
すかさず八っつぁんが「俺たちにとっては若旦那だが、若さまだな」とごまかす。
こんな間違い、チクチク言いたいわけじゃない。ざらにある。
そして噺はライブであり、進めなきゃいけないということです。
だから先の三語楼師だって、どこかは間違えたんじゃないかと思うのだ。
さりげない演出がしみじみといい雛鍔。
- 三太夫さんが植木屋に結構気を遣って木から下りてくれと言う
- 旦那がやってくるシーン、泣かせるまではしない
- 亭主の小言、全然モラハラっぽくはない。でもしっかり言う
- お小遣いをやろうとする旦那、気づいて止めるが、金坊の様子は描写されない
非常に心穏やかに聴ける雛鍔。
最近、旦那のシーンが入らない(番頭さんがやってくる)雛鍔を聴いて、やっぱり物足りないなと感じたばかり。
これはなぜか、円楽党だけで聴く。
かといって、旦那の謝罪で泣かせるなんてのは感情が振り切りすぎている。この浅い出番なら、なおさら。
旦那の謝罪だって、別に詫びるほどのことをしたわけでもないと思うのだが、形式的に矛を収める意味合いが強い。
もちろん、聴く側が勝手にここからいろいろ引き出すのは自由。でも解釈を押し付けないというのはいい。
いい気持でした。
池袋下席は前座から落語が4人続き、最初の色物となる。
立花家あまねさん。
落語界の綾瀬はるかを自称してるが、楽屋では鈴木福くんだろうと言われている。
初めて高座を聴いた際、唄が上手くてびっくりしたのだが、さらに上達している。強い声から始まるのがたまらない。
扇辰師の出囃子、からかさを唄うのは、あまねさんに限らず初めて聴いた。
それからアンコ入り伊勢音頭。アンコ部分は弁天小僧菊之助の知らざあ言って聞かせやしょう。
師匠、橘之助に弟子に採ってもらった話も。
師匠のモノマネをする。まるで似てないモノマネですと自虐。
続いて目当てのひとり、柳亭左龍師。
昔の池袋演芸場について。私も学生時代よく通いましたがと。
お年寄りにはキツい寄席でした。なにしろ階段の段が大きいんです。
昔、このビルの3階にありました。高座の後ろには部屋があり、私そこ物置だと思ってたんですね。
支配人と話してて、物置ありましたねって言っちゃったんですけど。「俺の部屋だ」。
それ以来、池袋の出番を減らされました。
池袋は減らされてないと思うが、以前勝手にこの師匠の顔付けを調べ、浅草の出番だけ妙に少ないことを発見した。
今はどうだろう。
執念妄念の小噺を振る。ああ、もうお菊の皿の季節がやってきた。
以前も聴いた噺だが、相変わらず「三平と言っても笑点をクビになってフラフラしてる三平ではなく」なんて入れてる。向こうが先輩なんだけども。
恨みでもあるのかな。向こうは浅草は出るし。
しかしもう、三平叩きも賞味期限切れな気はします。
それはそうと左龍師のお菊の皿、世界が最初から冗談に包まれていて、しかし一線を踏み外さないというのは見事だなと思う。
青山鉄山がお菊さんを責め殺すシーンもアッサリ。
お菊さんもお客が毎日来るようになって嬉しそう。
差し入れのおかげでふっくらしてきて(でもいい女)、愛想がいいし、芸がクサい。
この噺、これ以上力を込めてやろうとする人(若手)は無数にいるけども、そうすると最後「こんなに混雑してるのに6枚で逃げられるわけねえだろ」ってあらかじめ思っちゃうのだ。
何度も聴いてる古典落語こそ、疑問を持たせないで聴かせてもらいたいと思う。
すばらしい池袋前半。仲入りの小満ん師もたまりませんでした。続きます。