県民共済シネマホール寄席2 その2(がんに負けない桂歌助「替り目」)

思い出したので。
前座の枝ぴょんさんは府中出身と自己紹介。
「何で笑うんですか」
競馬場と競艇場と刑務所の悪い空気を大きな神社で浄化してるんだそうで。
東京都を二つ折りにすると、真ん中に府中が来るそうで。

府中出身の噺家、検索で掛かる三笑亭可龍師以外に誰かいたなと思った。
よくよく思い出したら、辞めた三遊亭楽㐂だった。

このホールは、映画館なので椅子が最上等。深く腰掛けると実にくつろぐ。
そして、客の頭が互い違いに配置されているため見やすい。

さて、枝太郎師の「おすわどん」の地噺の手法による脈絡ない脱線、一晩経ったら思い出すだろうと思ったのだが、まるで思い出せない。
脱線の前の冒頭で話していたのは、昔は男女は並んで歩かなかった。夫婦が馬車道を歩くと、おかみさんは戸塚にいたなんてくだり。
今は逆で、かみさんが大手を振って歩く。
本編のストーリーの進行は、当たり前ながら非常に速い。小噺なみ。
恐怖をベースにしているおすわどんという噺、師匠譲りでもまるで違う世界だ。

前座の枝ぴょんさんがマイクスタンドを取り換える。どういうことだろう。
そして、メクリを替え忘れ、袖の歌助師に指摘されて、メクリだけ替えに行く。ドンマイ。
下りたばかりの枝太郎師と同じ顔が登場。兄弟子の歌助師。本日の主役、歌近さんの師匠。
そして、高座の前に腰を掛ける。ああ、なるほど。

枝太郎がまた出てまいりました。
彼は太っちゃったら私と似てきました。最近は道で「枝太郎師匠ですか」って声を掛けられます。
大腸がんを患いまして。がん自体は取り切ったんですが、今正座ができません。
横浜にぎわい座で毎年やってる独演会、昨年と今年は休みますが、来年はできそうです。歌近も呼びますのでよろしくお願いします。

患部の経過がよくなく、そして肝臓にも転移。
しかし抗がん剤を替えたところ劇的に効くようになったとのこと。
最初から、「よくなった」という明るい話題として話すので、聴いていてつらくなったりしない。
弟子が真打になるまで頑張らなきゃなんて話でもなくて。まあ、もちろんそうは思っているだろうけども。

歌近さんのことも話していたが、口上のセリフと記憶がごっちゃになってしまう。
歌近さんは、高卒で、就職するような形で弟子に採ったのだと。

つらいのはお酒が飲めないこと。断酒してもう1年半。
私を殺そうと思ったらごちそうして下さい。いただきますから。
家内にも、そろそろ一杯いいかなんて水を向けるとキツく叱られます。

なんてフリから入った「替り目」は素晴らしいものだった。
この師匠、たまに遭遇すると「替り目」か「都々逸親子」。
以前聴いた際も替り目は実によかったのだが、さらに素晴らしい。
腰かけた高座なのに違和感ゼロ。高座から演者が消えてしまえばいい。
これは、がんとの闘いが噺に厚みを与えているのだろうか。
そんなこと、実際にあるの? 喋れる喜びが、登場人物に反映されるんじゃないか。
そしてお酒への憧憬が、噺に反映されるんじゃないか。

後半はないので、その代わり車夫とのやり取りが厚め。
端唄を唄いながら「くるま」というフレーズが出てくるので、そこで流れで手を挙げて車夫が反応してしまう。
厚めかと思うと、帰り車云々なんてくだりはないし、乗った後でとっとと降りて自分で戸を叩くなどスピーディでもある。
納豆の粒数もないし、かみさんが化粧パタパタもない。

男は車夫に「スコップ」。そりゃストップじゃないですか。スコップとも言うんだよ。
これと「またで酒が飲めるか」は小遊三型の表れ。

「隣の亭主」「いただきました」なんてやり取り、嫌いな師匠もいるそうで。
でも、実にスムーズ。要は、かみさんがなんでも即答する流れを作っておいて、そして亭主がくどくどツッコまなければ全然成立するわけだ。
亭主の泣きも実に自然。

歌助師匠の、いかにナチュラルな高座を作り上げるかという方法論は、弟子の歌近さんにも間違いなく引き継がれていると思う。

このシネマホールは幕がない。
仲入り休憩時に、前座の枝ぴょんさんが椅子を並べている姿は客から見える。
歌助師に配慮したものか、椅子による口上らしい。
それから枝太郎師が、歌丸パネルを持ってきて、高座の下手に据える。
横浜にぎわい座館長を務めたときに作ったパネルらしい。

先に枝太郎師が入場し、お客に、「まだ戻ってない方は手を挙げてください」などとベタなことを言う。
それから他の演者を招き入れる。歌近さんも師匠方と一緒に入場。
下手から、枝太郎、歌近(高座の上)、文治、歌助。

披露目の口上に続きます。

コメントする

失礼のないコメントでメールアドレスが本物なら承認しています。