国立演芸場寄席@すみだトリフォニーホール(上・柳家さん遊「ちりとてちん」)

二日ほど「丁稚の落語論」を書きまして。おかげでアクセス上々でありました。
現場も行きます。
今月、行きたい会が少ないなと思っていたが、寄席がある。
国立演芸場の代替開催、すみだトリフォニーホールは初めて。
主任は柳亭市馬師。前会長から、前々会長になった。
東京かわら版で2,100円。安いねえ。
しかし落語協会の寄席、以前からその傾向はあったのだが、私気づくと柳家の番組ばかり来てる気がする。
正直、それで間に合っちゃう現実もあり。

地下の小ホールは立派だ。鈴本ぐらいのキャパがある。
ただし寄席と異なり、中央に通路がない。

真田小僧 市助
狸の鯉 市遼
ウクレレえいじ
蔵前駕籠 燕三
ちりとてちん さん遊
(仲入り)
堀の内 市若
黄金の大黒 小せん
勝丸・丸果
七段目 市馬

 

代替会場での、空席の多い席だが、内容は実によかったです。

前座はまた市助さん。上手いのは知ってる。
両国の資さんうどんで早い食事をして、お腹いっぱい。寝てしまいました。
二ツ目は柳亭市遼さん。
柳亭市馬の10番弟子です。今出ました前座さんは私の弟弟子で、11番弟子ですね。
ウクレレえいじ先生のあとも真打の兄弟子で。
仲入りのあとも二ツ目の弟子が出まして。
今日は落語5席が一門ですよ。一門会じゃないのって。
お客さんは嬉しいんですかね。

狐狸は人を化かすと振って、御殿対宮殿。
本編はたぬき。
まあ、きっとまた、狸の鯉だろうなと。
とはいえ、前半は普通のたぬき。狸を助けてやったのは、当日ではなくてちょっと前のことらしい。
子だぬきには、「人間の仲間にしておくのがもったいない」と、「そんな人間みたいな恩知らず」という二つのウケるクスグリがある。
ここが非常に軽くていいなと。言われたほうが「狸のほうが上なんだな」とか言わないのだ。

鯉なので、一晩待たずに恩返し。
さっそく立派な鯉に化けて、出産祝いに持っていく。
水を張らない理由は「冷たいから」だった。溺れるからじゃない。
さっそく鯉こくにされる運命の子だぬき。主人公は消えちゃう。
親方と料理人との会話が、落語のリアルに満ちててすごくいいなと。
「実際に、変に生あったかい、まな板に乗っても観念しない変な鯉を目にした人間の会話」ではないのだ。
最も落語らしく洗練されたやり取り。非常に落語らしく、まるで現実らしくはない。
親方は、料理人がなにに驚いても動じない。いきなり毛むくじゃらの手が伸びてきて包丁を払ったシーンも見ていない。

いいウデだ。
私の期待のひとりなんで。

高座返しは、柳亭すわ郎さんであろうか。高座は聴いたことがない。

ウクレレえいじ先生はまた作法が変わっている。
登場時の「えいじ!」の呼びかけだけでなく、「マニアックでごめんね」の歌詞にも「えいじ!」がついている。
超絶技巧のダイヤモンドヘッドと津軽じょんがら節は、またウデを上げている。

マニアックでごめんね、のあと。
ここはクラシックのホールで、音がいいです。よすぎてうろたえてます。
なのでということで、最後に「季節外れのベートーヴェンの第九」と、「ラ・カンパネラ」を弾いていく。

続いて柳亭燕三師。
なんと8年ぶりである。市江だった二ツ目時代に、池上にあった銭湯の落語会で聴いて以来。
声が通っていないなあと。
そしてマクラがほぼありもの。ちょっと老成するのが早いのでは。
私の好きな蔵前駕籠。冬の噺だと思ってたけど(寒さの描写は抜いていた)。
また寝てしまいました。

早くも仲入り。柳家さん遊師。
なんのお構いもできませんが、ゆっくりしていってください。
グルメについて。若い人は平気で1時間でも並ぶが、私はムリ。
さん遊師のマクラは、内容などどうでもよくて、気持ちよく響く。とはいえ、黒門亭などでは私生活の楽しいマクラを振ることもあったりするが。

お清、と隠居が呼んで、ちりとてちん。
この師匠のちりとてちんは2回か3回聴いている。それでも今日は最高だった。
以前よりもさらに、男3人の世界が楽しくなっている。
以前小里ん師と一緒に出た東京かわら版のインタビューで、「もう腕は上がらない。満足できない」みたいなことを語っていらしたのだが、なんの。
81歳か。まだ全然若いな。

最初にやってくる調子がいい男は六さん。この名前は悪役のほうに使われることのほうが多い気はする。
この人は、特に理由なく変な人だ。
ごく普通にはヨイショの人だと考えられるのだが、どうも違う。
空気を読んで人を持ち上げるんではなくて、適当なことをぱあぱあ喋ってるだけの人らしい。そして、たまたまこれが隠居に合うというだけみたい。
そう思うと、「ご膳というと、お米のおまんまですか。私お米のおまんまというものがあるとは聞いてましたが」あたりの会話は腑に落ちる。
隠居を喜ばせようというより、適当なことを喋るのが好きな人みたい。

次にやってくるのが寅さん(だったかな)。
ちりとてちんという噺で、さまざまな人のものを聴いて、一番腑に落ちる解釈はこういうもの。

<寅さんは、隠居が喜ぶと考え、選んで悪態をついている。確かにだいたいの場合、このひねくれたヨイショが功を奏している。だが、全般的にみると隠居をしくじりかけている>

これでだいたいは紐解ける。
しかし、さん遊師の寅さんは違う気がしてきた。
ちょっと性格のよくない、隠居に甘えた人である。
先代小さんが考えていた、「隠居は本当は、こっちのひねくれもののほうが好き」という解釈も、さん遊師の場合は自然ではない。

そんな寅さんだが、落語の客にとっては、そんなに嫌な人ではない。いや隠居が、我慢できないほどではないが、少々機嫌を損ねているっぽいことはちゃんと伝わる。
この人も江戸っ子で、裏表はないのだ。だから、実はカラッとしている。
悪態で隠居の心を乱そうというのとは、ちょっと違う。

ちりとてちんを一気食いし、二度戻しかけるのがさん遊師の特徴。

いい一席でした。

3時45分に寄席がはねて、上のタリーズで4時30分に書き上げました。
今日も撮って出しスポーツの実践です。

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