池袋演芸場38 その3(柳家小満ん「あちたりこちたり」)

仲入りは重鎮、柳家小満ん師。84歳。
前座のちゑりさんが湯飲みを高座に運ぶ。
この湯飲み、小満ん師自ら手元に引き寄せていた。前座さんの置いた位置が悪いのではなく、ご自身で調整したいのかなと。

正座がピタッとハマっていて美しい。
噺家はみな、スタイルとして正座しているだけであるが、小満ん師だけは日常的に正座だそうで。そして、ヒザが痛くなることなんてないのだと。

超ベテランの小満ん師、俗世を離れた仙人のようにも見えるのだが、その実しっかり地に足を付けている。
この出囃子は酔猩々と申しまして。猩々というのは架空の動物ですね。
お能のほうでは、まっ赤な猩々が勢揃いします。体が真っ赤なのに、足袋だけ白いというのが能の掟ですね。
中国におりまして、真っ赤な体をしています。猩々はお酒が大好きでして。
人間が猩々を捕まえようと、お酒を山に置いてきます。親の猩々は危ないよと止めるんですが、子供の猩々が先に口を付けてしまいます。
結局親の猩々も一緒にお酒を飲んで、踊りだします。
遠くで眺めていた人間たちも、楽しそうなので一緒に酒を飲んで踊りだします。

小満ん師の出囃子は、それほど聴く機会があるわけじゃないが妙に耳に残る。
楽しそうな曲。そういういわれなのか。
出てきて出囃子の話からすっと進める姿、カッコいい。

湯に行ったはずの亭主がずいぶん経ってご帰宅。なにしてたの。
亭主が回想で、一部始終を語る一席。
導入部は江戸時代のようなのに、徐々に現代、というか昭和であろうが、その時代であることがわかってくる。
一度も聴いたことのない噺だが、演題はすぐわかった。
「あちたりこちたり」である。
演題だけは知っていたが、中身は本当になにも知らなかった。だがすぐ引き込まれる。
この亭主、いったいどこまで行ったのだろうというサスペンスに溢れているが、なに、知ったからといって別段大したところに出かけているわけじゃない。
この落語ならではの緩さがたまらない。

ちょっと考えた。
若い人がこれを教わって語ったとして、面白いだろうか?
その高座のほうは、それほど面白くもならないかもしれない。ただ、語った若手自身は、必ず上手くなりそうな気がする。
つまり話芸のエッセンスがすべて詰まっている。

亭主は石鹸箱持っていつもの銭湯に出かけたのだ。だが臨時休業。
それは仕方ないが、理由が「慰安旅行で温泉に行っている」だという。
せっかく来たから別の銭湯に行くか。でも昔と違って、煙突が見当たらない。
歩き回って交番で訊いて、知らない銭湯に行く。銭湯の名は、マルセイ湯(ウソ)。
今風のお湯で、脱衣カゴもなく四角いロッカー。湯桶はケロリン。
ロッカーの番号は18番。堀内だ。ちょっと古いけどな。
この、「ちょっと古いけどな」に、小満ん師の、仙人めいていながらしっかり足をつけた様子が見えるのである。
堀内、山梨から出てきていきなり完投勝利で、ホームランまで打って、そりゃ天狗にもなるわなと。
桑田には触れない。

湯に浸かりたいのだが、爺さんが熱い熱い湯に居座っている。
水で埋めようとすると、「やめろ若いの」と文句を言われる。なので爺さんが出るのを待っているが、いつまでも出ない。
本当は熱いみたいだが、爺さんも意地だ。出てこない。
仕方ないので体だけ洗って湯を後にする。
客の来ない居酒屋にフラッと入ってしまう。
店主の婆さんが三味線を弾く店。だが猫の皮が破れていて、上からサロンパス貼っているので変な音。

店を出て手を挙げたらタクシーが止まっちゃった。手を伸ばしただけだったんだけど。
仕方ないから乗って、「銀座にやってくれ」。
運転手が疑う。そりゃそうだろう。石鹸箱持って乗ってきた人間が銀座に行くとは思えない。
でも銀座に行く。東十条銀座。

「銀座」と来たら「戸越銀座」かなと思ったのだが、十条銀座だった。
小満ん師は東十条銀座って言ったたけど。
途中で思い出して、場所はどこだったっけか。途中で降りて昔なじみの寿司屋に行く。
昔「亀寿司」だったのだがいったん休業して今は「兎寿司」。
名前のいわれが出てこないところが洒落ている。
寿司も注文しなきゃならないが、亭主は飲むと食べない。
なので奥さんのために折を頼む。でも帰ってきた亭主はその折持ってない。

その後女の子のいるお店に行ったあたりで、私の記憶ももう薄れている。
でもこの記憶の薄れ具合がとても気持ちいいのである。そういう噺なんですね。

とても嬉しく楽しい高座だった。
この日来て本当によかった。

続きます。

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