萬都さんは、一見棒読み落語には感じない。
でも、意図的にアクセントの上げ下げを消しているらしい。
昨日書いた通り、この人の新たな語り口を認識したのである。
具体的には、間を取らない。ひと呼吸を置かない。
セリフを続けてしまう。ときに、異なる登場人物のセリフの場合でも、切れ目を入れずに続ける。
「セリフを食い気味に語る」という作為ともやや違う。
この手法でもって、単調になりかねない会話に高揚感が湧いてくる。
でも、「変わった語り口でしょ!」みたいないやらしい感は皆無。気付くとこうなってるのだ。
私は、萬都さんの多くの噺がこの語り口になっていくものと想像するのだが、そうでない可能性も考えられる。
その場合は、お見立てのためにこの語り口を開発した、そういうことだろう。
マクラで語っていたとおり、若い衆の喜助は、アドリブに弱い。押しにも弱い。
考えて発言すればいいのに、つい即答してしまう。
その状況を描くのに、このトーンが一定した、間の入らない会話は最適。
静かなトーンの中でアクセントの上げ下げがある。聴いていて心地いいし、楽なのに、メリハリがある。
目にお茶を、わりと堂々つける(お大尽の前で堂々してる、という描写ではないと思う)のも、雲助師譲りか。
とにかく楽しみな人。
ちなみに一花さんが自分のマクラで話していた。
萬都さんをかわいがるために、まんとの上に「お」の字を付けて呼んでいたそうだ。「(ここでは)言いませんけど」だって。
萬都さんはそのたび嫌な顔をしたそうで。
一花さんが、いまや立派なおばさんであることを発見。
続いて、立川かしめさん。
神田連雀亭をやめてしまったので、しばらくお見かけしてない。
立川流の二ツ目は、参加率が非常に高いのだけど(でっち定吉調べ)。
唯一4年前の神田連雀亭で聴いた際も、聴いている最中は面白かった。
だが、その後小はぜ(現小はん)、一花と本格落語が出たら、意外なぐらい面白さがしゅるしゅると消えてしまい。
今回も、演目は同じ寿限無だったのもあるが、似た感想。
そして今回も、聴いたその日ではなくて、聴いて2日経った今、ちょっと思い出してマイナスに振れてきた。
立川流ならではの、変な壁の存在を感じる。
こちら側には別に壁立てていないのに、演者のほうに変な壁がある気がする。
この壁、立川流の好きな人にもちょっと感じることがある。
今回の寿限無は、サゲが普通だった。4年前は、変な新作部分がこの後存在したということ。
正直、その部分は聴いた直後から忘れたけど。
今回は一花さんのために時間を切り上げたのだろう。正直ホッとした。
世の中、<本寸法vs.面白古典>みたいな対立軸が一応存在する。
別に、私は本寸法に肩入れするわけではない。
ただし、対立軸の正体は、ときにこうだったりもする。
<本寸法であるゆえに面白いvs.面白古典なのに面白さがハマってない>
こうなると対決にならない。
かしめさんがスベッてるとは言わない。だがなんだか心中ざらつくのだった。
常時高いテンションが気に障るみたい。
落語協会や芸術協会にだって、テンション高い人は存在する。だが、そういう人たちは、考えて、選び抜いてそのテンションにしている。はず。
かしめさんみたいな人は、最初から地のテンションを古典落語に放り込んでいる、そんな気がする。
古典落語の側は、そのテンション受け入れてくれてる?
NHK新人落語大賞を終え、優勝した一花さんと新幹線で帰ってきたエピソードは面白かった。
かしめにも、きっと仕事がたくさん入るよと言ってくれるねえさん。
電話はまるで鳴らない。いっぽうねえさんのは鳴りっぱなし。
きっとあさって仕事が入るよと、慰めてくれるねえさん。なんで一日空くんだ。
高校をやめたい親戚の子への説得を頼まれたが不発。なのでいつも相談している立川流の先輩に、今回も相談する。
「お前がまいた種だろ」を「お前が炊いた前だろ」と間違えてしまうような抜けた先輩。
なんだかな、その先輩への敬意がまるで感じられず。
大前提として、敬意があるから相談してるのはわかる。だが高座に現れてるのは、先輩の無知無教養をあげつらってるだけに思えて。
しかも、かしめさんの学歴(早稲田)は客に対しても堂々語る。先輩にも「お前はワセダだから」と言われてるし。
私は、学歴など属性自慢を平気でやっちゃう神経そのものは、決して嫌いではない。さりげなく自慢するよりずっといい。
だがこの漫談においては、最終的に教養格差の構図だけが残り。
本編寿限無も、狙ってる面白さはわかる。
- 「食う寝るところに住むところ」って全部同じじゃないか、とツッコミながら、ポンポコピーは気にならない
- 息子の友達にフルネーム呼びを強要しておきながら、家族は「じゅげすけ」とか「J」とか呼んでいる
同じ噺を柳家花いち師がやったとしたら、たぶん笑う。
久々に、高座そのものを強めに批判してしまった。
聴いた翌日ぐらいは、もう少しマイルドに着地する想定だったのだ。
「今後避けはしない。また聴くこともあると思うが、聴いた後はまた同じことになりそう」ぐらい。
だが時間が経つにつれ、どんどん記憶の高座は変質していった。
マクラはまあ、いいとする。
かしめさん、劇中ギャグがもう一段階突き抜ければ、大逆転で大好きにまで届くかもしれないなとは思ったが。
突き抜けるとは?
「狂気」でしょうな。
トリの一花さんに続きます。