県民共済シネマホール寄席2 その4(桂歌近「たけのこ」「普段の袴」)

お武家というのはシャレが通じない人が多いのですが、中にはシャレのわかるお武家がいまして。
と振って、「たけのこ」に入る歌近さん。
たけのこは元来、小噺でもあるが、寄席の小品として独立した高座しか知らない。
自分の披露目なのにたけのこなんだ、軽いななんていったん思う。

たけのこは、固いお武家が固いままシャレのめす噺。
固い歌近さんにはぴったりである。
こういうのは、自分の固さを理解していないとできないだろう。
惜しむらくは、ちょっと口がまわらないところがあり。でもまあ、やりつけてけば問題なかろう。

隣のお武家がたけのこの皮をばらまいて「皮、いや」。このあと拍手を受けずに、実に自然に次に進む。
見上げたものだ。
たけのこは本編ではなくマクラ小噺だった。御成街道を振って、普段の袴。
普段の袴は、芸協で聴いたことあったかな? 恐らく、文治師から来ているのだろう。
歌近さんも、文治師のことをいろいろ語っていたわけで。ヒントは出しているらしい。

文治師の普段の袴、知らないけども想像はつく。
その高いトーンとはだいぶ違う、低い調子。だが歌近さんにはぴったり。
調子は低くても、八っつぁん登場以降は、噺がマジになるシーンがないので実に気持ちいい。
ウソをウソと感じさせない世界においては、最速で「お武家のマネがしたい」町人が描けるのだ。
だから歌近さんは「青菜」も「新聞記事」も「看板のピン」、あるいは「十徳」だって、きっと悩まずに描けるだろう。
落語を信じている人の姿がそこにある。

八っつぁんは大家から、ひだのなくなった袴を借り出す。
まあいいか、どうせ焦がすんだから。
なんだ?
いえ、こっちの話で。
借り出すにあたっては、「祝儀と不祝儀が往来でぶつかって喧嘩して、そば屋の二階で手打ち」にするので袴がいるのだと。
不祝儀は、ブ・シュウギという中国人らしい。
ちょっと面白いじゃないか。もし文治師のに入ってたら褒め損だけど、オリジナルな気がする。
固い歌近さん、たまにこういうギャグ入れても、トーンが安定してるから浮かないのである。

道具屋で「許せよ」と言うあたりはちょっとトーンが上がる。
ああ、トーンの差でもって、嬉しくて仕方ない八っつぁんがいる。

冷静に振り返ると、二ツ目として聴いた初めての高座、別に圧倒されたというほどではない。
でも、ウケを狙わないフォームが確立していて、センスが非常にいい。
「あと味がいい」と褒めるなら、実際に聴いた人に共感してもらえる気がする。
落語界に「お笑い」を嗅ぎ取って入ってくる人とはこういうところが違うのだ。
そして歌近さん、今後「上手くなっていく」のは当たり前。間違いなく「面白くなっていく」。
その姿が見えるようだ。
落語界の修業の体系、古臭いと反発も買いがち。
でも、実は最速で噺家になるメソッドに満ちている。だから令和の世にも残っているのだ。
そりゃ、「古臭さ」自体にこだわってしまう師匠も中にはいるだろうが、そういう人が斯界を代表してるわけじゃない。

トリは桂文治師。
ちなみに口上で言ってたが、8月に入院だそうで。歌助師も同じ時期に入院。
仲良しなので入院時期も一緒なんだそうな。そういえば、3人一緒に二ツ目になったが、もう一人は辞めたんだそうで。
文治師の口上でもうひとつ。
歌近さんは「若いところの私に似てる」。客が笑ったところで「変な意味じゃないのよ」。

今日はね、歌近さんの披露目だから。歌近さんがトリでもいいんじゃないのって言ったの。
でもやはりトリは真打がって言うことでやらせてもらうんだけどね。

先代文治、ガラモンとチワワとグレムリンを合わせたような、身長1メートルの師匠、残念ながらヨネスケ師に暗殺されたを振って、お血脈へ。
枝太郎師が地噺だったので、この得意演目は出ないだろうと思ったのだけど。
これは、歌近さんに配慮しているわけだ。軽い演目で下りちゃおうという。
初日に載せた演題では「唄入りお血脈」としてるけど、これは私が勝手につけたタイトルです。
「唄入りぜんざい公社」にならって。

2年前に国立演芸場で聴いた。この際だって仲入りで出してるわけで、トリネタではない。
中身はだいたい一緒で。寄席によく来てくれた森喜朗いじりと、小泉新次郎クリステルいじり。
森元首相来場の際は、楽屋に「いじらないように」というお触れが出る。Who are you?とかやっちゃダメ。
小泉さんは最近来てくれない。家に帰ればクリステルがいるんだもの。滝川でも鯉昇とはえらい違いです。
一緒でも実に楽しい。

善光寺のお血脈のおかげで、地獄は不況。
血の池地獄は大江戸温泉に、針の山はアパホテルに売却される。
泥棒の選抜にあたり、「鼠小僧」「アルセーヌ・ルパン」のあとが「山本太郎」だった。
スピード出しすぎにより拒否される。
このギャグは「山本太郎は泥棒って意味?」とかちょっと考えちゃった。そこまでのクスグリじゃないと思いますが。
そして京都三条の釜風呂でいまだに煮られている五右衛門。
五右衛門が「京都慕情」をフルコーラスで唄ってサゲてしまう。
「誰か止めてよ」はやめたみたい。

ちゃんと、講談界の「ここからいいところですが」を先に振ってあるから、いいのである。
講談界の大げさっぷり「1万5千の軍勢を、5千、5千、また5千と表現する」と一緒に。

ちなみにこの一席の間、スマホの着メロがとどろいた。
アメージング・グレイスだった。
これはなあ…口上の際に撮影タイムを設けたから仕方ないところもあるなと。
撮影タイム終了時に、「また機内モードにするなり、切るなりしてくださいね」という働きかけは必要だったのだろう。
まあ、いつも書いてるが私は他人のスマホ鳴らしにいちいちいらだったりはしない。記録しておくだけである。
文治師は無視して続けていた。
善光寺のくだりだったか。閻魔大王が出ていたら、厳しいお裁きになったかもしれない。

それにしても、文治師はやっぱり、なにからなにまで面白いなと感服。
そして、歌近さんもしっかり修業すると、こんな面白い人になれる、そのルートが見えている。
落語界の未来は明るいと思います。

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