新真打五郎師の兄弟子、雷門小助六師。
師はマクラの中で、今日の仕事が17分、本当は15分なんですけどオラキオさんが短かったので、と言ってた。
宮治師とド派手な色物が続いた後で、堂々マクラを語って客にバカウケなんてすばらしいではないか。
バカウケだが、ちゃんと空気をいったんリセットさせているからすごい。
初天神を出すつもりで学校寄席のマクラを振っているのか、学校寄席のマクラで様子を見てから子供の噺に進んでいくのか、それはわからない。
初天神、芸協では一年中やる演目。あと時そばも。
盛り上がってるところで、丁寧に携帯電話の注意を入れる。一度電源切られているか確認してください。
今日はお偉方がたくさん出ているわけです。お偉方の高座で携帯電話が鳴っても、その場では顔色を変えたりしません。
ですが、楽屋に戻ってくると機嫌が悪いのです。そのとき、当たり散らす対象が必要です。
なんて、二ツ目みたいなことを言う。
こないだお客さんで、電話に出た女性がいまして。
ちょっと噺をやめていろいろ話してましたら、その女性スマホを置いて「喋ってるので静かにしてください」。
マクラは全部終わってないが羽織を脱ぐ。
脱ぎ方が綺麗だねえ。
学校寄席シリーズ。
女の子に「結婚してますか」と質問され、「まだなんです。あなたよかったらお嫁さんになっていただけますか」。
その後、学校から感想文が段ボールでどっさり届く。くだんの女の子、「やっぱりお嫁さんにはなれません。ごめんなさい」
夏の、非冷房の体育館で学校寄席。先生たちが、霧吹きで水を掛けて回る。
これは植物ですね。まあ、我々もエンゲイですから。
校長先生が、「あとひとつ落語を聴いたらこの体育館から出られますよ」「やったー」。
秋田の小学校ではお酒をもらう。小さな女の子が一升瓶を大事に持ってくる。
「とっても口当たりのいいお酒です」
そして以前も聴いた初天神。変わらず楽しい。
金坊は1人称が「ぼく」。ぼくでやる初天神は他に聴かない。
でも妙にさん喬師っぽいのだ。若手の頃教わったのだろうか。
「お父さん、カッパは空想の産物です。このようなことで子供をおびやかす大人たちに、次の衆議院選挙は任せられない」
よーいよーいと人力車が出て天神様に到着。
小助六師の金坊は、生意気なのは確かだが、実にいい子である。
親父も、連れてくのは別に嫌じゃなさそう。
この初天神は、楽しい親子漫才なのだ。
「あれ買ってこれ買ってって言わないでしょ。いい子にしてたからなんか買って」というセリフは、漫才のボケなのだ。
きれいごとの師匠であって、飴のついた指をなめるとか、団子をポチャンとかはない。
こんなものはなくてもお祭りは描ける。
その代わり、楽しいクスグリが。
金坊が飴玉もらって、嬉しそうになめている。
ぼく、飴なめながら歌が歌えるんだよ。「♪明るく陽気に行きましょう」。
これが親父にひっぱたかれる伏線になっている。
このクスグリは以前はなかった気がする。ちなみに「♪天気がよければ晴れだろう」でもよさそう。
続いては竹千代師の一門から桂米福師。
私は自分の披露目のときはまだ独身でして。口上でも、いい人を紹介してくださいなんて言われてました。
でもそうしたら本当にお客さんから紹介してもらいました。
訊いたんですよ。顔はどんな?
「ある」
この女房が発酵食品好きで。
スーパーに夕方行って、割引シールの貼られていた食品を買ってきても、すぐには食べません。
冷蔵庫で1週間ぐらい発酵させます。
それを焼いたり煮たりして出してきます。
そしてかみさん偉いもので、私が箸をつけるまでは、決して自分では箸をつけません。
私がその発酵食品に箸をつけてから、ようやく食べだします。
なんだかマクラが鯉昇師っぽいなと。視点の取り方が。
こんなのできる人、ほかに知らない。
「わからない主人公の1人称」でもって、かみさんの内心を語る非常に高度な構成。
実力派の米福師、還暦を迎えてウデを上げたのだな。これはもっと聴かねばならない。
そして、この1人称の噺家が、そのまま甚兵衛さんにスライドする。
本編は熊の皮。
ぼて振りの甚兵衛さん、売り切って帰ってきたのに水を汲まされ米を研がされ、洗濯させられ。
さらに先生のところへお赤飯の礼を言いに行かされる。
ちょっとかみさんに逆らうと、「笑いなさい」と笑顔を強要される。繰り返し「にー」と笑わされる甚兵衛さん。
ふわふわしてる人なので、あんまりかわいそうではない。
そして甚兵衛さんを迎える先生は、たまらなく甚兵衛さんが好き。
甚兵衛さん、稽古の際は「先生はご臨終ですか」だったが、本番では「先生はご懐妊ですか」になっていた。
大喜びの先生。
ご懐妊、許可をもらって自分の噺に入れる人がたくさんいそう。
熊の皮や、加賀の千代でもって「あっしゃ先生(隠居)あんまり好きじゃねえっすよ」というセリフは頻出。
私も別にこれ嫌いではないのだが、平和な人間関係にヒビを入れる悪影響もあるなと今回思った。
米福師のものには、入ってなかったのだ。
米福師の甚兵衛さんには、主体性というものがまったくない。そもそもこんな主体的なセリフを発することはないのだった。
でも熊の皮の敷物見せられて「なにでできてるんすか」と訊くのは甚兵衛さんっぽい。
先生も困惑したりはせず「熊だろうね」。
熊の皮は、夏は涼しく、冬はあったかなんだそうだ。
女房がよろしく申しておりましたの続きがあった。
なんだっけ。
続きます。