いきなり目の前の道路を通過していく廃品回収車。
ちょうど、屑屋が若侍を怒らせた大事なシーンである。兼作さん、我慢して続けていたが、ついにギブアップ。
ごめんなさい。外の声大きいですね。ちょっと待ちましょうか。
山○さあん、窓、開いてませんかね?
主催者の○中さんがのんきに返答。閉まってるはずですよ。
出てきて二人で確認。閉まってますね。
この前はそんなに廃品回収なんて通らないんですけどねと○中さん。
こんなことやってるうちに、じき廃品回収車はゆっくりと遠ざかっていった。
私は勝手に、「スマホ鳴らし」をシンクロさせていた。
この廃品回収、落語の側から見たら完全な暴力である。高座破壊されたんだから。
でも、悪気があって出てきたわけじゃない。
選挙カーや救急車だってそう。
救急車のサイレンなんて、浅草あたりじゃよく入る。
そういう、ある種「仕方ない」ものは我慢するのに、どうしてスマホが鳴ったのが許せないのかと思うわけだ。
寄席において「不規則発言」「うろつきまわる」などは最大の悪癖。これは取り締まるべきレベル。
そして他方、やむを得ない騒音が入る。
スマホはその中間なのだ。軽い作為があるのは確かである。
軽い作為に基づく事象を無理やり「飲酒運転」と同種のものにして、完全なる悪癖のほうへ持っていく。
実はそちらに持っていく側にこそ、強い作為(悪意ともいう)があるのだ。
ともかく今回、兼作さんは中断して、高座をいったん脇へ置いた。
「ご質問でも受け付けましょうか」
高座への暴力という点では、スマホの比ではない。
騒音に対する、見事な対策だと思った。
なんら変な感じにはならない。
「えー、遠ざかっていきました。屑屋の話してましたら本物が出ましたね」
そう断って、本編に戻る。
噺はまったく傷つかず、楽しいエピソードがひとつ加わった。
噺が途切れてしまったのを無理になんとかせず、「途切れた」事実を出すことによって何が起こるか。
客が能動的に、切れた噺にブリッジを掛けるのだ。
スマホ鳴らしで過剰に怒っている客は、ブリッジを掛けることをしばしば拒否してしまう。自分が楽しめない原因を自ら生み出すなんて、無意味。
古典落語「天災」を思いだした。
まあ、八っつぁんなら廃品回収に乗り込んでいって巻き上げそうだが。
さて、演者がしっかり困ってみせたことでつながった岸柳島、違和感なく続く。
サゲまで緊迫する噺なのに、ホッとしたおかげで楽しく聴ける。
兼作さんもくじけずしっかり続ける。そして、屑屋になりかわって詫びる、老旗本の描写が実にいい。
「町人などと申すものは」といったん町人を下げるのは、普通の謝り方。
しかし四民平等が当たり前の現代からすると、セリフ自体に違和感を覚えるのはもう、やむを得ないところ。
でもスッと乗り切るから不思議。
最大の緊迫シーンの後は一本道。
対岸に若侍を取り残しておいて船を出す。この際のワイガヤ町人どもの喜びように気持ちがシンクロする。
しっかり侍の対決を描けているからだ。
ちなみに、船頭に対して「若侍は泳ぎが得意か」と誰も訊いていない。
だから、町人どものまったくの勘違い。というか、「泳いでやってくる」という発想自体なかったみたい。ぬかったな。
老旗本は、服を脱ぎだした若侍がすでに泳ぎ達者であることを見抜き、次の場面に備えている。
カッコいい。
中断はあったが、クスグリで笑いを取りにいったりはしない本寸法の一席でありました。
仲入り休憩後もう1席。袴姿ではない。
袴はもちろん、子ほめのためではなく岸柳島のためにつけたのでしょう。
妻とは入門前から交際していました。
師匠の家には、ちょうどコロナだったので行くことはあまりありませんでした。師匠から、用があると呼び出しが掛かり、会についていったりします。
彼女とディズニーランドに行くこともありました。ただし事前に断りまして。
「朝、舞浜の駅から師匠に電話だけ掛けさせてくれ。そのときに用事を言いつけられたら、申しわけないがその日はなしだ。そこから『自転車が壊れましたので歩いていきます』と言い訳して、駆け付ければちょっと遅れても許してもらえるだろう」
そんなことをしていました。
前座時代は、人の結婚式には行けません。予定空けておかないといけませんから。
今度ようやく人の結婚式に出られますので、楽しみにしています。一席頼まれてもいます。高砂ややります。
同窓会というものも、コロナがあったので開かれたことがないですね。まあ、私が呼ばれてないだけかもしれませんが。
一度同窓会行ってみたいですね。
懐かしい人と出会う、というテーマから、不孝者に進むのであった。
続きます。