柳家小ゑん「卒業写真」
黒門亭はあっという間にトリの小ゑん師。
最近は鈴本・新宿・池袋と、寄席のトリがとても多い人気の師匠。でも、黒門亭がいちばんしっくり来る。
黒門亭への噺家の同伴出勤、大学紛争時代の話など、すべてCDで聴いているマクラばかりだが、そんなのがとても楽しい。
小ゑん師の楽しみ方は、私としては非常に古典落語に近いものなのだ。だからこそ、何度もCDで聴いている噺を聴きに来たくなる。
ネタ出し「卒業写真」の主人公は、長野県立飯山東高校3年、写真とざざ虫(食用)大好きの影山しげる。
「鉄の男」「恨みの碓氷峠」などでもおなじみ、オタク代表のカゲッチの、パラレルワールド的少年時代らしい。
音源だけでも楽しいが、しげる君の表情を生で見ると、またすばらしい。
帰国子女で美人の、学園のアイドルにひそかに片思いをするしげる君。
性格の暗いしげる君、付き合いたいとか大それた望みはないが、高校生活の思い出に、彼女の思い出を残したいと願う。
親友のマー坊に勧められ、卒業アルバム記念写真のカメラマンとなることでその願いが叶う。
オタクに関する豊富なクスグリ、そして本筋と関係ない華道部あたりのクスグリがとても楽しい噺。
だがその前に、噺の骨格にある情感がすばらしい。
写真オタクの少年の、客観的にはそれほどエンジョイしているようには思えない青春時代が、誰の心も懐かしく照らす。
私のような、しげる君よりさらに楽しい思い出のないおっさんにさえ。
しげる君の恋は悲しく終わるが、実のところ悲劇ではない。低い期待通りの、美しい思い出が作れたのだ。
「ぐつぐつ」の鍋の中の恋も想起させる。とてもメルヘンな小ゑん師。
最近、思わぬところで人情噺をdisるメディアに苦言を述べた。
人情噺の否定は、落語の否定。
こういう爆笑新作落語にも「人情」はあるのだ。
しげる君、マー坊という親友がいていいですね。小ゑん師の師匠、先代小さんは「友情」を描くことについて右に出るもののいない噺家だった。
新作派の小ゑん師にも、この感覚がきちんと引き継がれている。
なんだかよくわからないスパイスはひとりあったが、他で穴埋めして余りあり、今回とても楽しい黒門亭でした。
尺が足りないので黒門亭の紹介を。
黒門亭は、落語協会の2階で開かれる、協会直営の寄席です。畳敷き。
普段は稽古の場らしいです。
落語協会の2階イコール黒門亭なのではなく、土日限定で開催される二部制の寄席を「黒門亭」と呼んでいます。
同じ場所で落語会を開催する際は、「落語協会二階」と言っています。
柳家小ゑん師をはじめとする落語協会員が、自ら顔付けを決めています。トリの師匠は、ほとんどネタ出しです。
ここは先代桂文楽でおなじみ黒門町。
黒門亭の一部は12時開演、二部は午後2時半開演です。
開場は30分前ですが、一部の師匠が熱演すると二部の入場は遅れます。
料金は千円。子供料金なし。
入場券を10枚貯めるとタダで入れます。
各席40人限定です。一部二部の通し券は10枚限定。
40人も入ることはなかなかありません。普通は、直前に行っても大丈夫です。
人気の師匠だと、開演30分前には整理券がすでに出て、配り終えられている場合もあります。つまり札止めです。
小ゑん、菊之丞、文蔵、扇辰、一之輔といった師匠たちのときはこうなります。
仲入りの際は、トイレ(男女共用)は混みます。