好志朗さんの噺、ごく軽く詰め込んだ細かいクスグリの数々、大部分忘れてしまうのだが、時間が経つと思い出すものもある。
さりげない下ネタなんてのも。
女が釣れたら吉原行かなくていいや。まあ、吉原行くときもサオぶら下げてったんだけどな。
NHKでは抜きそうなくだり。
あと、釣れた女をどう攻めてやろうかなんてちょいエロも。
落語たるもの、一生懸命クスグリ考え、そしてどうだ!とやってしくじる人も多い。
好志朗さんの創意工夫とそして裏腹なさり気なさ、特筆すべきもの。
続いて1週間前に聴いたばかりの柳家小はださん。
梶原から来ても、上中里から来ても日陰が一切ないですね。
今日は七夕ですね。
毎年織姫と彦星が会うわけですが、会いたくない年もあるんじゃないでしょうか。こんな暑いと。
メイク崩れるでしょ。1年振りにあったら誰ですかみたいな。
私の同期で林家彦三という人がいます。前座のときは彦星でした。7月7日生まれなんですね。
名前が彦星で、ちょっといい男なんですよ。悔しいですね。
今釣りの噺が出ましたけど、と釣り指南の小噺。師匠が針の先を引っ張って、これが鯉の引き、これがフナというやつ。
あくび指南をやるわけだから釣り指南の小噺出していいわけだが、前の噺とつなげたマクラとは面白い。
でもわかる気がする。なにしろ釣りの噺なんて現在、野ざらしと唖の釣り、馬のすぐらいしか掛からなくて、しかもいずれもそれほど見かけない。
その割には釣りのマクラが結構あって、ない出番を待っているのである。
それから喧嘩指南所のマクラを振ってあくび指南へ。どちらかというと、夏の噺だろう。
小はださんは、先代小さんのような足腰強い落語をする人。でも若さを失っているわけではなくて、ちゃんとみずみずしさに溢れている、贅沢な芸。
このあくび指南に関しては、落語研究会で出ていた雲助師のようなイメージもある。
先週の神田連雀亭では、師匠・はん治の声が聞こえたのだが、今回はまた違う声がする。
誰だろうと思いながら聴く。噺家ではなくて、意外な人の声がする。
最近亡くなった財津一郎の声だ。ピアノ売ってチョーダイ。
財津一郎から噺を教わるわけはない。ダミ声の噺家というと桂南喬師だろうか?
ともかく、教わった人の影響を強く受けつつ、コピーでないのが小はださんの味。
昔のスタイルであるが、本当に面白い。
昔のやり方に憧れて、やってみるけど面白くない、そんな若手もいるから。
看板夫人の出ないタイプ。少数派だが、私はこちらのほうがずっと好き。
夫人の出るやり方だと、八っつぁん(名前は出ていない)のガックリが一席のピークになってしまい、あとを続けるのが大変だといつも思うのだ。
夫人はちょっと出てくるけども、八っつぁんの目当てではない。
お下地はありますかなと先生。
こんなもの、他にやってる人いるんですかと驚く八っつぁん。
一緒に行くのはアニイではなく、同格。
「お連れさん? 俺はそんな極悪人じゃねえや」がおかしい。
先生はあくびの例として、「寄席のあくび」を紹介。
いつも同じ席に座る寄席の常連が、演者に気づかれないようこっそり出すあくびというものがあるのだと。
「あんまり丁寧にやるとお客様が本当にあくびを出してしまいますからな」なんて、流行りのメタクスグリはない。
というか、ここまで来るまですでに丁寧過ぎるぐらい丁寧で、でも退屈する場面なんてまるでないのだ。
夏のあくびを稽古する前に、春・秋・冬のあくびも一通り紹介してるし。
とにかく、どこを切っても厚みのあるあくび指南である。
なんだか、若手が好んでチャレンジする既存のあくび指南、みな陳腐に見えてきてしまったではないか。
丁寧だが、「吉原へツー」からは非常に若手らしくもある。
八っつぁんのひとり○チガイ振りも炸裂。
あ、野ざらしとヘンなところでツき気味。
二ツ目の、しかもキャリア浅いほうの二人のすごい噺を続けて聴けた。
小はださんは23分くらい。ここで仲入り休憩。