産経らくごの配信を聴く。
11月中しか聴けない、喬太郎師のちりとてちん。
アーカイブであり、2020年、コロナ禍の動画である。まだ釈台は使っていない頃。
配信の予告が出る前は、喬太郎師がちりとてちんを持っていることも知らなかった。
実際、検索しても情報も出ない。
そんなに掛けていないのだろう。しかし産経らくごのアーカイブは人気投票で選ばれる。
希少価値が高くて投票が集まったのかもしれない。
喬太郎師の古典落語は、独自の色を出してくるのが普通。
しかしいっぽうで、柳家の本流でありたい、特に大師匠先代小さんリスペクト、アンビバレンツな喬太郎師。
そこがまたたまらないのである。
このちりとてちんは、マクラはともかく本編はわりと本寸法っぽい。小さんリスペクト、そしてさん喬リスペクトが漂う。
とはいえ師匠と同じちりとてちんじゃ意味がない。
ちょっとだけひねった部分が喬太郎節。
この大手町落語会は2020年8月1日。
夏が来たというので、春・秋・冬に関する創作小噺。
それぞれ元カップルの会話、運動会前日の家族の会話、クリスマス当日の上司と部下の会話。
それぞれシチュエーションコントになっている。
オチのある小噺ではないが、爆笑。
現場でも音源でも、まったく聴いたことのない小噺である。驚いた。
コロッケそばこのかた、こんなのすぐ作ってしまう。最近だと農耕接触。
すぐかどうかは知らないが、時間掛けて作るものでもあるまい。
隠居の貫禄が、じつに自然。
マクラの軽薄なムードからちゃんと鷹揚な老人に、スムーズに入っていく。
こういう語りを聴くと、70代80代の喬太郎師がたのしみでならない。
隠居自体に笑いはないが、でも六さんが罠に掛かったときの一瞬の悪い顔がたまらない。
ヨイショの上手い清さんが「敷居が鴨居で」。
価値の悪い六さんが、「腹がくちいんですがね」「晩酌のときに少しっつ」。
こうした言葉は、さん喬師は決して使わない。わざとらしいと思うようで。
だが喬太郎師は、結構意図的に現代でなじみ薄い言葉や言い回しを入れてくる。私は好きで。
いいアクセントがつくじゃないか。
もっとも、こんな言葉の六さん、別に古典落語そのままといったキャラではないけど。これもまた、喬太郎分裂症状。
腐った豆腐が黒くて白くて黄色いと描写したあと、「丸くって小っちゃくって三角ってあったな」。
つい口から出たみたいだが、客には伝わってない。そんなのも楽しい。
隠居が豆腐を腐らせたお清を、人前でしっかり叱る。
一言は普通だが、さらに清さんに「いつもああなんだ」。
おやと思う。
だが、六さんを呼びにやる際、「すまないけれど」「悪いがね」とお清に呼びかけている。
どちらも、あまり見ない描写。人間が描けていていいじゃないか。
隠居は六さんをやっつけるくせに、意外と恥をかかせないようにも配慮している。これも珍しい。
「お前さん食べ方知らないんじゃないのかい」と言い放つときの隠居は、どのちりとてちんでもだいたい強い口調であるが。
喬太郎師の隠居は、知らないなら正直に言ってごらんと水を向けている。
喬太郎師と隠居の人柄が、よく出ている。
ただ、六さんには配慮されるほうがよりキツいのだった。
ヨイショの清さんに向かい、六さんについて「悪いやつじゃないんだ」と一言断っている。
説明がいるかどうかは難しいところ。
先代小さんは、隠居は口の悪い男のほうが好きなんだという肚でやったという。説明は抜きで。
ちりとてちんは、喬太郎師にとって欠点もあることを発見した。
前半、ヨイショ男の清さん。これはもう、わざとらしくやるというのが当たり前。
このシーン自体、古典落語の世界におけるコントなのだ。
だがマクラでコントを掛けていた喬太郎師が落語のコントを描くと、変な違和感が生じる。
だからあんまりやっていないのかなとも思う。
だが、六さんが出てきてからは、喬太郎師に見事にハマる。
六さんは無愛想。師匠さん喬など、いかにも無愛想に描く。
だが喬太郎師、先人を踏襲しつつ、ちょっと違うアプローチを開発した。
男前の声で登場するのである。
あれ、これつい最近聴いたけど誰だっけと思った。これは、「仏壇叩き」の名人長二の声。
喬太郎師は自分の中に劇団員を多数揃えている。古典新作を問わず、師の落語はすべて劇団員による芝居であるというのが私の観察。
落語の登場人物をゼロベースで作るのではなく、個々の劇団員が役作りとして入り込んでいく。
名人長二と、六さんは同じ役者が担当しているということだろう。
清さんは本来たいこ腹の一八が担当すればいいのだが、ハマらないので新人を使ったのかもしれない。
ともかく看板役者が出てきたので、後半は見事な喬太郎ワールドだ。
先人とまるで違うやり方ではないものの、役者の個性が噺に角度を付けてくれている。
しっかり嫌なやつとして描かれるが、でも役者の大げさな演技がちゃんと楽しい描写となる。
師にとってちりとてちんの難しさがうかがえるいっぽう、もっとやればいいのにと思ったいい一席です。