梶原日曜寄席(下・瀧川鯉橋「崇徳院」)

仲入り休憩後は宮田陽・昇。
今年二度めで、前回も今回も時間たっぷりで嬉しい。小さな小屋で、目の前で聴けてさらに。
先に出てくる昇さん、屏風の角に肩ぶつけて照れながら登場。

客席の空調をちょうどいい状態にすると、ライトで照らされる舞台はとても熱いようだ。
陽さんの汗が止まらず、途中ハンカチを出しっぱなし。なので演者のために途中で冷房が一段階上がっていた。
過酷な環境でも、まったく変わらず面白い。

待ってましたと声が飛ぶ。
陽さん、最前列のお母さんに、なぜあなたは待ってましたと言わないのかと。
今日のターゲット発見。

「こんな暑い日に皆さんよくいらっしゃいました」
「私も家出るのやめようと思いましたけどね」
「お前は出てこい」(パシッ)

いつものように日本地図から。
時間が長いときはフルバージョンらしい。広島をすっ飛ばして「沖縄ー!」。
広島は島根に今月から吸収された。なんでよりによって島根なんだよ。

陽・昇はネタ知っていたって呼吸だけで全然楽しめるのだが、幸い聴いたことのないネタも。
横須賀刑務所の慰問。ちゃんと正確に「横須賀刑務支所」って言ってた。
駅前に、鉄格子のはまった護送車がやってきて、芸人を連れていってくれる。これほんとなんです。
手錠も掛けられてね。掛けないよ。
お前、乗り込むときに「お世話になります」って言ってたよな。やっぱり仕事くれる相手だからね。
最前列のお母さんに、「そちらでお会いしました?」と陽さん。なんでだよ、いつ女子刑務所行ったんだよと昇さん。
グラウンドが芝生で立派なんだよ。野球もできるようにマウンド作ってあって。
それで外野フェンスがすごく高いんだよ。あれは塀だ。

時事ネタもあった。
陽さんの近所のライフ中村北店に、七夕の短冊が吊るされている。
子供の字で、「小池さんも蓮舫さんも当選しないほうがいい」と書かれていたとか。
陽さんは紅麹サプリを飲んで元気いっぱい。

つまんないシャレ、という新ネタ(?)も。
上手いこと(でもない)言った陽さんが、「ねづっちです」。5つボタンのジャケットに手を添えて。

逆に昇さんの一言を拾って、「うまい、うますぎる。十万石饅頭」。
埼玉の人しかわからないだろ! え、北区って埼玉ですよね?
ここが客に最もウケてた。
北区に謝れと昇さん。

大谷翔平夫人やモンゴル人力士の本名などやって、最後は保険&家庭教師ネタ。
今回も、陽さん夫人のことを「外交官」と言い間違えるネタが入っていた。前回、本当に間違えたんだと思ったのだが、ネタだった。
時間も20分を超え、客も笑い疲れてきた頃だろうに、まだまだウケる。
このネタで終えるのだなという空気はわかる。
本当に幸せな漫才。

いったん幕が閉まり、マイクを片付け、高座に座布団敷いてまた開く。前座がいないが、誰がやってるのだろうか?
寄席四場のヒザとは違い、漫才もたっぷり、爆笑させて構わないところではある。だから遠慮のないネタ。
だがいつもと作法が異なる以上、トリの瀧川鯉橋師はやりにくいはず。
と思ったら、自分の空気にするのが非常に速く、驚いた。ウデのある人は違う。
「陽・昇さんも言ってましたけど」と、先のウケまくった舞台と接点を作り、ごく軽いマクラを語っていく。
気が付くともう、目の前の高座に客はアジャストしている。

ウケた高座に負けないように、と思うとしくじるのであるな。
前の高座から地続きなんだということを強調すれば、逆にモードを変えられるのである。
対立より調和こそ、寄席のモットー。

鯉橋師は嬉しいことに、今年3席目。前回もここいろは亭で見事な「青菜」を聴いた。
現在53歳の師、10年経つと「日本の話芸」に2年に1回は登場する貴重なベテランとなっているであろう。
師匠・鯉昇とは違う本格派路線に舵を切り、年々完成されていく。

出入りの熊さんが旦那に呼ばれる。寝込んだ若旦那から噺を聞いてくれ。
番頭なら千両みかんだが、熊さんなら崇徳院。
喬太郎師から教わってれば擬宝珠もあり得るけど。文治師など持ってるらしいから芸協にもある。

崇徳院はいい話だが、わりと淡泊な味わいでもある。
しかし鯉橋師、わざとらしい部分が一切ないのに、実に満足させてくれる。
古典落語そのものの強さを味わわせる得難い人。

珍しいな、と思ったのは熊さんの腰にぐるりとわらじを巻く場面。ただ、これはある。
うちに帰るとかみさんも追加でわらじを巻き付けるのは初めて聴いた。
といっても、珍しいくだりも実にさりげない。
あと、若旦那と大旦那は「水のしたたるいい女」と言ってる。熊さんが勝手に「水の垂れる女」と言い換える、というか言い間違ってるのだろう。このスタイルも初めて。

最終日に街を歩き回り、二度目の床屋で、もはやズタボロの熊さん。
ここで、見知らぬ男がお嬢さん側から見た「瀬をはやみ」の物語を再現する。
このくだり、たまらないね。熊さんも聴き入っているし、客もまた。
男はずいぶん長く裏の物語を語る。それが一区切りついた瞬間の、熊さんの心境と来たらもう。
互いの家に来いとつかみ合うのも、まったくよくわかる。見つかったんだからいいじゃんじゃないのだ。
ハッピーエンドの確定した思わぬところで、人間の感情が渦を巻いている。
鯉橋師は、世間からまだまだ過小評価されている。もっと聴かないと。

というわけで、大満足の4組。
尾久駅に向かうにあたり線路際は日陰がないので、明治通りへ。滝野川5小の前にある都知事選のポスターのひとつが、びりびりに切り裂かれていた。

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作成者: でっち定吉

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