1998年の三遊亭好楽「小言念仏」

三遊亭好楽という師匠は、落語界において格別な地位を占めている。
師は円楽党の会長である。今後の落語界再編のキーマンとなるひとり。
落語芸術協会会長・春風亭昇太師とのパイプは、大きくものをいう。
そして落語協会相談役の林家木久扇師とは、兄弟弟子関係。
好楽師の弟子は10人と多く、兼好師をはじめとする腕達者を多数送り出している。
好楽師の活躍なくして、円楽党の現在があったかどうかすら疑わしい。
自宅を改装した池之端しのぶ亭も、この師匠の貢献。

笑点あっての現在の地位であるが、その笑点では「面白くない」キャラとして親しまれている。「三平よりまし」とか言われて。
笑点しか視ない、落語を聴かないファンにとっては、落語界における師の力など、想像の外にあるものだろう。
いや逆に、「笑点=落語」と思っている人のほうが、好楽師の落語界における地位をすんなり理解できるかな。

亀戸や両国に行くと、実に気軽に好楽師の落語を聴ける。
そこに集まる師のファンは、笑点と落語とをスパッと切り分け、「俺は好楽師匠の真の姿を知っているぜ」というイキった人たちか。
そんなことはまったくない。笑点を視て喜ぶ人たちが、落語にも気軽に来ている。
そして、この人たちが落語のマナーを知らないかというとそんなことは全然なくて、むしろとても品がいい。
私は亀戸でたびたび円楽党を聴いている。この寄席では結構ひどいファンも見かけるが、好楽師のときには痛いファンはいない。大変いい聴衆が揃う。
そんな好楽師のファンにはいつも感心している。落語の鑑賞力と、寄席に通う頻度とは必ずしも比例しないのだ。

笑点における「うろ覚え落語」はもちろんネタである。
では師は本当は、落語界に君臨する名人か。そういう評価は正直なところ、どこにもない。
実際、受賞歴もない。今後、紫綬褒章を獲ったりするようなこともないと思う。
やっぱり下手なのか。そう思う人もたくさんいそうだが、下手なことはない。
落語の世界から抜け出た甚兵衛さんのような師匠の語る、緩い、ぬるい落語には独特の魅力がある。なにしろ人柄がすばらしい師匠。
そしてベテランだけに、さまざまな引出しを持っている。怪談噺から啖呵まで。引出しから思わぬ飛び道具を出してくる。
100mやマラソンなど専門科目では目立たないが、十種競技をやったらかなりの地位に付けているに違いない。

そんな実に不思議な好楽師が、笑点なつかし版で落語を一席披露していた。
1998年3月の放映で、珍しく後楽園ホールを離れ、熊谷での収録。
好楽師の二番弟子、円楽党一の売れっ子、兼好師は、この年に弟子入りしている。
22年前の師匠は、51歳と実に若い。この「小言念仏」を聴く。
あれ? 全然上手くない。
持ち時間が短いというのはあるだろうけど(でも1か所カットされている)、口調がせせこましい。
なるほど。笑点をずっと視ていた私の子供の頃の、記憶の中の好楽師のままだ。笑点で出す落語も、確かにこんなイメージだった。
しかし、ここから現在の師になったのだな、伸びしろのある人なのだなと、とりあえずそのように自分の中で整理を付けた。
大したデキでもないが、参考資料として録画取っておくかとは思う。

だが。念のためもう一回聴いてみた。そうしたら。
一度目とは打って変わってすごく楽しい。心底びっくりした。
楽しいので、さらに何度も繰り返し聴いてしまった。
どうしてこういうことになるのか。
これは理屈で解明できる。現在の好楽師と違うせせこましい口調に違和感を一瞬覚えたものの、それに慣れると、今後は噺の本質がストレートに伝わってくるのだ。
好楽師の本質とは、とぼけた味である。
このとぼけた味をそのまま高座に映し出す演目、小言念仏もまた、楽しい。
高座にいる好楽師は、笑点のピンクとまったく同じに映る。だがこの人、みんなが馴染んでいるようで、素の好楽師ではない。ちゃんと、ワンクッション置いた芸人の姿がそこにある。
今の好楽師はいい意味で枯れてきたが、22年前の師はヘタウマなのかもしれない。

話は変わる。
このなつかし版の翌日放映されていた笑点特大号では、海老名家の忘年会を特集していた。
女流大喜利で優勝した春風亭一花さんが、海老名家に招待されたという設定。
一花さん、先日黒門亭で結婚を発表していたが、放映では一切触れず。まあ、それはいい。
林家の忘年会なのに、好楽師の息子であり、好楽一門所属の王楽師がいきなり混ざっていて驚いた。
そしてカメラに向かい、いつぞやは親父が失礼しましただって。もちろん、林家九蔵問題のことを言ってるのである。
もともと王楽師、二世ということで正蔵・三平両師にも距離が近いのだ。いろいろ波乱はあっても、団体の壁を越えて親しくするのは悪いことではない。
ちなみに招待された一花さんは、林家九蔵問題の遠因でもある、先代正蔵から来ている一門の人である。それについての言及はなかった。
それにしても海老名家忘年会、せんだみつおはいたけど、たい平、たけ平、つる子など売れてる人がいなかったな。
みんな仕事なのかしら。それとも、TV用にこしらえた忘年会なのかしら。

作成者: でっち定吉

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