落語の「鉄」人(その4・古今亭駒治「上京物語」)

開演前と仲入り休憩時には、鉄道唱歌をはじめとする、SPレコードから起こしたとおぼしき音楽がずっと流れている。駒治師が持ってくるのだろうか。

仲入り休憩後は駒治師から。熱演が続き、すでに午後8時半である。
なんだか、もうやりきったような気持ちですがと駒治師。楽屋で靴下履いちゃいましたよ、これから打ち上げのような気持ちでと。

今度はちゃんとネタ出し予告通りの「上京物語」。初めて聴くが、こちらはごく軽い鉄道落語。
夜中にチャイムが鳴る。東京に住む大学生の姉を、秋田から家出してきた妹が訪ねてきたのだ。
姉が住んでいるのは、東村山。客、爆笑。
秋田の山奥から出てきた妹にしてみると、東村山も大都会なんだそうだ。大きなビルもあるし。
お姉ちゃん、西友だよと言ってたけど、東村山駅前にあるのは実際にはイトーヨーカドーですがね。

妹は東京駅までは新幹線ですんなり来れたが、そこから東村山までは大変な苦労。
広い東京駅、どこに行ったらわからないので人の流れに付いていく。地下に潜りずいぶん進んでようやくホームに着くと、そこは聞いたこともない「きょうは線」であった。
戻って中央線に乗る。国分寺経由で来ればよかったのに、新宿から西武新宿駅を目指してしまい、大変な苦労をする。
なんで新宿には、東口と中央東口があるんだと。

ははあ。上京してきた人あるあるを落語にしたのだな。駒治師は東京の出だけど、客席のほうには地方出身者も多数いるだろう。
それに、東京駅や新宿駅のカオス振りなんて、東京の人でもわからなくなって不思議はない。
妹はほうほうのていで西武新宿駅にたどり着くが、「通勤急行」を通勤の人しか使えないものと理解して、各駅停車でなんとかやってきた。
数日前にネットの記事で、「急行」は特別料金が必要だと思っていた地方出身者の告白を読んだばかりでもあり、妙にツボにはまる。
そういえば上方の噺家がよく「こんど」「つぎ」「そのつぎ」「そのあと」という、順序のわからない案内表示をネタにしている。これは西武のことである。
このネタも織り込むと、しん吉師に喜んでもらえるのではないでしょうか。

姉妹の父はマタギであり、妹は強引に後を継がされそうなので家出してきたのだ。
「阿仁マタギ」という実在する駅からストーリーを思いついたのだろう。
東京観光したいのに、スカイツリーでなくて田無タワー(スカイタワー西東京)に連れていかれる妹。お姉ちゃんは西東京じゅうが一望できたでしょなんて言っていたのだが、このタワーに展望台はありません。

そして連れ帰しに、そのマタギの父がやってくる。
親父は妹以上に方向音痴であり、出発してから3日目にようやく東村山にたどり着く。
妹の失敗はいかにもな「あるある」だが、親父のほうは重度粗忽。いきなり出発地の秋田内陸縦貫鉄道の上り下りから間違え、新青森でも乗り間違えて北海道まで行ってしまう。
東京にようやく着いてからも間違って熱海に行き、折り返して前橋に行き、関東じゅうをぐるぐる回り続ける。
繰り返しの二度目がエスカレートするのは、時そばなどオウム返しの噺以来の落語の伝統だ。

鉄道落語というもの、決して敷居なんか高くない。誰でも楽しめるように作ってあることが、この噺からよくわかる。
それに気づいた女性も多数聴きにきている。素晴らしいことだと思う。

昨日書いたとおり、駒治師の新作、三遊亭白鳥師と作り方が似ている部分がある。
マタギの父が持ってきた銃が、新宿の街でものをいうあたり、非常によく。
こういう落語は、設定を緩くしておかないと、ハマらない。噺にマジな部分があると、そこだけが浮いてしまう。
アンジャッシュのすれ違いコントはあまり好きじゃない私だが、白鳥師や駒治師の作り出すすれ違いは、とても楽しい。だいたいふざけてるからな。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

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