拝鈍亭の桂雀々(下)「仔猫」

当ブログ、上方落語を出すと個別記事のアクセスが落ちがちです。
今回もそんな傾向があるようだ。ちょっとだけ。
私は上方落語ももっと聴きたい。上方の師匠もよく東京で会を開いているが、料金が高めになるのだけどうも。仕方ないことだけど。
その点、今回は千円。とても恵まれたことである。

「上方落語は嫌い」という意見は、生理的にとてもイヤ。
上方落語家の誰それが嫌い、ならなにも思わない。でも上方落語という大きなくくり、まとめて嫌う発想のほうがどうかしている。
上方落語の中に、古典があり新作があり、あっさりした味わいのがあれば、コテコテもある。
説明過剰落語もあれば、粋な落語もある。
人間的に素晴らしい噺家もいれば、クソもいる。
すべて東京の落語界と同じことだ。

拝鈍亭に戻ります。
この席はお年寄りの比率が、いつも行く寄席や落語会と比べ低めの気がする。らくごカフェに似ているかな。
仲入り休憩を挟んで再度雀々師の登場。
時間は30分程度オーバーし、40分ほどのやはり長講。非常に得した感じ。

江戸時代の大坂、商家の話。
船場に商家は集中している。番頭がいて手代がいて、丁稚がいて、そして田舎から出てきた女子衆(おなごし)さんが働いている。
おなごしさんという響きはいいですなと雀々師。

口入屋から紹介を受けた女子衆さんが、お店にやってくる。
「口入屋」かと思った。東京では「引越しの夢」という、スケベな男どもの噺。
口入屋の女子衆さんは、男どもを浮わつかせるべっぴんさんだが、そうではない。やってきたのは、とても面白い顔をした女、お鍋。
こんな珍しめの噺でも、知っている。「仔猫」である。
実際に聴いたことはあったかどうか? 米朝の速記に出ている噺。
雀々師もCD化している。

怖い噺である。だが、怪談だという説明は一切なく、のんびりと始まる。
こういう構造の噺は東西問わずあまりないと思う。「猫の忠信」がちょっと似ているだろうか。
東京では団子坂奇談(脛かじり)が似た題材を取り上げているが、これは最初から滑稽噺の装いを被っていない。
この怪談が、なんちゃって幽霊噺の不動坊とツくことにはなるまい。

不細工なお鍋を勝手に追い返そうとする番頭たち。だがごりょんさんが見とがめて、無事採用される。
いざ働き始めると、手際はいいわ、力持ちだわ、とにかく働き者のお鍋。
釈台を再度担ぎ上げ、「こんなんでも片手で運びます」と雀々師。
そして、誰に対しても分け隔てがない。
男衆はすっかりお鍋を見直し、深く敬意を払っている。町内一の小町娘より、嫁にもらうならお鍋のほうがいいと言い出すまでに。

笑いを交えた人情噺だと油断していると、ここから一気に怖くなる。
人情の風味は、間違いなく噺の骨格に活きているのであり、無駄ではないのだ。上方の噺は、人間のさまざまな琴線に触れる別個の要素が、一緒くたに入っている気がするな。
だからこそ演出を凝らす余地がある。雀々師は、すべてごっちゃのまま進めるが、これもよし。
昼間は懸命に働くお鍋だが、夜になると不審な行動を取っている。それが奉公人だけでなく、主人にも知れるところとなる。

怪談になりつつしっかりギャグも入る。やっぱりこの構造は猫の忠信に似ているな。
ごりょんさんにも気に入られているお鍋、ある日芝居のお供に出る。
お鍋の留守中、大事にするつづらの鍵をねじ切る器用な番頭。そしてつづらの奥底から、血の滲んだ生き物の毛皮を発見する。

いい悪いではなく、好みなのだが、番頭がお鍋になんとか暇を取ってもらうために繰り返し話を戻し前に進まない、そのくだりだけはいささかしつこい。
上方らしいなということにはなる。実際には、上方落語家でも千差万別なわけだが、こってり味最右翼の雀々師は徹底的にここをやり切る。

お囃子さんはいないのだが、お鍋の告白のくだりで、スピーカーから三味線が流れてくる。
弟子の優々さんの仕事だ。

因果により生き血をすすらないではおれないお鍋だが、人間を手に掛けているのでないと知り、ホッとする番頭。
あらゆる要素を詰め込んだ噺は、地口でもってごく軽いサゲを迎えるのだった。
サゲてしまった噺をとやかく言うのも野暮なのだが、この先もきっとお鍋はお店で働くのであろう。
詰め込んだ要素がひとつ解決することで、あらゆる要素がすべて大団円になるわけだ。

大満足の二席でありました。
笑福亭鶴光師など、東京が長いのであっさりした落語になっていると自認している。
雀々師は、あくまでも上方らしく、そうはならないと決意しているのだろう。もちろん、それもスタイル。どちらが正解ということではない。
それに、いつも使わない脳の分野に、雀々師の語りは入り込んでくる。それは楽しい

ありがとう拝鈍亭。またきっと来ますよ。

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作成者: でっち定吉

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