東京かわら版の巻末、落語会の一覧に毎月目を通していると、だんだん気になる会ができてくる。
そのうちのひとつ。雑司ヶ谷の「拝鈍亭」に行ってきた。予約不要のこういう会が好き。
本浄寺という、日出通りに面したお寺にある、立派なホールが会場。
目白駅から鬼子母神を抜けて歩いてみる。東京でも屈指の、散歩に向いたいいエリア。
JRの駅では目白が一番近いのかなと思っていたら、日出通りでまっすぐつながる池袋のほうが徒歩19分で近かった。なので帰りはそちらへ向かう。
この日は、上方落語、桂雀々師の独演会。
師の高座は、過去に何度かテレビで拝見した程度。
関西にいたことのある私にとっては、落語以前にタレントとしての印象が強かったものだ。
現在は東京に拠点を移していて、たまに新宿末広亭のゲスト枠にもお名前がある。
料金は、千円以上の寄進。
ホール内には浮世絵ふうの、ハイドンの肖像画が。
ここで演奏会もやるそうで。
今日は落語だから立派な屏風が出してある。マイクがないのはこだわりか。
見台替わりの釈台も出してある。講談の会もあるのだ。
市松模様に座っても、83人入れる。この日は30人ぐらいの入り。椅子は固定ではない。
落ち着くいいホール。ちなみに来月は、「柳亭こみち・宮田陽昇」という会がある。ツッコミの昇さんとこみち師は夫婦。
あまり見かけない会。これにも来てみたいな。
ハイドン師匠が見守る中、開演までのBGMはアースウインド&ファイアーなど。いいですけど。
転失気 | 優々 |
不動坊 | 雀々 |
(仲入り) | |
仔猫 | 雀々 |
ご住職が手短に挨拶して開演。
雀々師は一昨年以来だそうで。昨年の会はコロナで中止。
開演後、最初に出てきたのは、雀々師の弟子、優々さん。
二ツ目相当であり、神田連雀亭のメンバーでもあるが、私は初めて聴く。
5人いた弟子の、唯一残った弟子で14年やってますと挨拶。
お寺にかこつけ、京都の龍谷大学を出ていますと優々さん。「断食研究会」に誘われた話。
本編は転失気。お寺だからなのだろう。
飽きている噺の筆頭なので、寝てしまいました。この噺は東西問わず、ほぼ同一。
主役の雀々師登場。
雀々師は、とにかく明るい。空気を一瞬にしてパアーッと明るくするのがすごい。
爆笑派で、東京には近いタイプの師匠が見当たらないが、三遊亭笑遊師がやや似ていると私は思う。
この日感じたのは、雀々師は東京の客には、一切合わせる気がないらしいということ。
上方落語家の中でも筆頭の、こってりした演出の人。江戸前とは180度逆の落語。まあ、そんなのもいいじゃないですか。
いろいろなスタイルがあるのが落語の世界。
立派な釈台について。
釈台を持ち上げてみて、すごく重いんですと雀々師。
これだから講釈師は偉そうなんですわ。これ、バカウケ。実は本編の仕込み。
昨年はこの拝鈍亭だけでなく、8か月間仕事がなかった雀々師。
そして前日まで大阪で仕事をしていたが、まん防実施中の大阪の酔客、まるで他人事だったとのこと。
今日はひとつお客さんが幸せになる噺をしますといって、不動坊。
これが本当に、客が幸せになる噺。
不動坊(火焔)は東西ともにある、毎度おなじみの噺であり、大ネタ。
金貸しの利吉が、旅先で借金を残して死んだ講釈師不動坊の後家、お滝さんをめとることになる。
浮かれる利吉が、風呂屋で大騒ぎの限りを尽くす。なんと、このシーンが客を幸せにするのであった。
こんな不動坊、初めて聴いた。利吉がお滝さんに心底惚れていたのだということが、よくわかる。
まったくいやらしくない喜び方なので、「不動坊が死んで本当によかったね」なんて思ってしまう。別に、不動坊をことさらに悪く描いているわけでもないのだけど。
この前半で、噺の目的はほぼ達成。
しかし攻守交代して、まだまだ噺は続く。なにしろ長講50分だったから。
前半で浮かれている利吉は、後半ではちゃんとしたツッコミ役に変貌する。このつながりの悪さだけはどうにもならない。
長屋のやもめ3人は、別にお滝さんに岡惚れしているのではないようだ。利吉にボロクソ言われたからと、やっかみが復讐の理由であろう。
そして幽霊になるのは、講釈師の軽田道斎。この男が、お滝さんに岡惚れしていたという。
東京では噺家の前座がこれを担当するところ。
あとはもう、最後までドタバタ続き。とことん笑わせる。
宙吊りされて、操り人形みたいな講釈師。
サゲはよくわからない「幽霊稼ぎ人」ではなくて、東京でも聴くタイプに似ている。
細かいところは結構違っていて驚いた。
なにしろ、設定が冬なのである。天井から講釈師を吊り下げる連中の周囲には、雪が降っている。
冬だということは、後半で初めて明らかになる。
雪の降る中、長襦袢1枚の道斎先生、寒いのなんの。
そして、講釈師がぶら下がった真下には、なんと井戸がある。室内井戸なのだ。
ここに講釈師が落っこちるであろうことは読めている。いささかサドッ気の強い雀々師。
満腹になる楽しい一席でした。
この会の時間設定、午後5時から6時半までだったので、長講一席でおしまいなのかと思った。
不動坊が終わったのが、午後6時5分頃。
だが、休憩ですと雀々師。もう一席あるのだ。