立川笑二「大工調べ」前半@神田連雀亭ワンコイン寄席

仕事の依頼自体はあるのだが、そのネタを自分で探すため上野方面へ外出する。
ネタ探しのほうはイマイチ不発だったが、その前に立ち寄った神田連雀亭ワンコイン寄席は儲けものだった。
なんだ、落語にかこつけて外出してるんだろうって? まあ、そうなんですが。
先週のワンコインは6人だったが、さっそく最低人数更新。5人。
しかし、その5人の前で演じられた立川笑二さんの啖呵は、圧巻でした。

今回は笑二さん特集にしてしまうのだが、2番手の柳家花飛さんはいつもどおりのいいデキ。
理系らしく、「5人」という人数を、「2進法で言ったら101です」だって。
割とスタンダードな演目、悋気の独楽を、割とスタンダードに演じる。
トーンを落としてぼそぼそ喋っているのがたまらない。この手法により、演者と噺との間に程度な距離ができるので、遊びの余地が生じ、すべてが楽しくなる。
おかげでたまに、「おかみさんFBIみたいですね」なんて入れ事をしても、浮き上がらない。
落語は過剰な演技をすればいいんだと思っている人もいるが、そうした方法論で上手くなった人は知らぬ。

トップバッターの三遊亭鯛好さんは、同窓会ネタの新作。
30年振りに同窓会に行く人にとってはあるあるネタなんだろうが、行く気ゼロの私にはまるでピンとこなかった。仕方ない。
出身地の三重県の言葉で演じられる、上方新作ぽい噺。
ここで言う上方新作とは言葉使いのことではなく、現実に足を付け、飛躍しない内容のもの。一門のとむさんの新作は、だいたいこのパターン。
それが悪いというんじゃありません。

トリの笑二さんは久しぶり。2018年に2席、2019年に2席、いずれもここ連雀亭で聴いている。
昨年も聴きにきたのだが、玉川太福さんの席でもって札止めだった。
先日「日本の話芸」で掛かった「突落し」(扇遊師)に、笑二さんのバイオレンスな一席を思い出した。
実力者でありもっと聴きたい二ツ目だが、立川流の寄席にもすっかりご無沙汰している。そして、そちらには気が向かない。
独演会に行きたいものだ。

その笑二さん、黒紋付。
マクラは振らずに「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し口先ばかりはらわたはなし」。で、大工調べ。
いや、まいりました。こんな一席。

  • 与太郎はそんなに馬鹿じゃない。「棟梁の発言にしっかり答える」ためにトンチンカンな回答をするのか、意図的に面白く答えようとしているのか、解釈の余地の分かれる楽しい造形。
  • 与太郎が、棟梁から渡してもらった1両2分を、「6枚」としっかり数えている
  • 大家はそんなに嫌なやつでもなく、こちらの肩を持つことも、できなくはない
  • 婆さんはひとりで先に逃げている
  • 啖呵にうろたえた与太郎、一瞬大家の肩を持つ

笑二さん、かなり工夫をしてみせるのだが、ドラスティックな工夫は少ない。細かい、客に伝わるか伝わらないかという部分を入念にいじるのである。
兄弟子の吉笑さんとは、だいぶ違う方法論。
落語のツウを自負する客は一般的に、「お、そう来るか」と、自分の持っている脳内テキストと比較して演出を味わう。
でも演者は、テキストを持たない客に伝えるための工夫も常に必要だ。常に噺を掘り下げていかないと。
三遊亭萬橘師が、大家を結構いい奴にしていた演出にはびっくりしたが、そういう工夫とは違う。
笑二さんの描写の根底にあるのは、「大家も人間、棟梁も人間」である。人間同士だから、行き違いで喧嘩もするし、矛先が思わぬ方向に転がることだってあるということ。

これはかなり衝撃。よく考えれば、それが人生。戦争だって正義同士の対立で生じるもの。
大工調べは、大家はそんなに嫌な奴か?と一度疑問を持ってしまって、掛けられない噺家が多いらしい。菊之丞師もそうなのだと。
いっぽう、先代小さん(笑二さんの大々師匠だ)の解釈だと、この大家は確信的に事を荒立てようとしている、真の因業なのだと。
私もかつて法律論まで紐解き、大家がいかに社会的に間違った存在であるのか理解して肚に収めていた。おかげで大工調べで描かれるキャラ造形に悩んだことはない。
でもその見方も、笑二さんの複合的な描き方からすると、浅い浅い。ちょっと反省しました。
笑二さんの描く大家は、「たった800」とか「ついでがあれば」という棟梁の、悪意なく発せられるセリフに、本気で怒っている。
与太郎をそそのかし、自分を悪く言わせたことを根に持っている。人としては普通である。
いっぽう、棟梁は因業大家の日ごろの評判から怒りが来ている。最初からかみ合うわけがないのだ。

そんな、どっちもどっち、なんなら大家に肩入れしたっていい状況だって、喧嘩は描けるのだ。
人間の感情のほとばしりに、善悪や優劣をつけることはない。
棟梁の啖呵は現にカッコいいんだから。
感情のほとばしった落語は、私は人情噺だと理解する。この後大家がお白洲で負ける大工調べの「下」は大好きだが、「上」で感情をほとばしらせ、それで終えて全然かまわない。

続きます。

作成者: でっち定吉

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