池袋演芸場35 その3(瀧川鯉昇「長屋の花見」)

仲入りは瀧川鯉昇師。
顔を上げて静止して、もう客席からクスクスが湧いている。
桜も咲いたのに寒くなりまして。
暖かさは戻ったんですが、まだ女房が戻ってこない、そんな連中が楽屋に生息しております。

マクラは早々に、長屋の花見へ。
鯉昇師のこの噺、放送では何度も聴いているが、季節ものだし現場では初めてみたい。
これが、過去テレビで聴いたものから飛躍的にパワーアップしていた。
鯉昇師は、手の内に入った噺をさらにいじって進化させていく達人だが、それにしても70代でこの進化はすごすぎる。

最近の鯉昇師の共通項、まずは「登場人物のセリフがつっかえ気味で、なかなか次が出てこない」をごく自然なギャグにしている。
100%想像なのだが、「言葉がなかなか出てこないように喋る」ことによって、結果演者としてセリフがスラスラ出るのではないかと。
誰でも加齢でもってセリフが出づらくなるくなるところはある。だが、登場人物がなにを喋ったとして不思議ないシーンであえてつっかえてみせることで、演者の全体の喋りがスムーズになる、そんな隠し目的があると想像。
何言ってるかわからないかもしれませんが、まあただの想像なんで。

長屋の連中が大家から呼び出されている。
あれじゃないか。大家の猫の件。
以前は、肉が食べたい連中が、大家の猫を食ってしまっていた。
だが、渡邉寧久氏がかつて東京かわら版の連載でもって、これを批判していた。
それがきっかけなのかはわからないが、猫を食べるのはやめたらしい。
寸前までは行くのだ。猫自身が猫語で「どうぞ」と言ったように聞こえたので。
蛇含草でもって最近、死人を出すのをやめた演出とパラレルなのかもしれない。
喬太郎師だって「たいこ腹」でタマを死なせちゃうのをやめたみたいだし。

ここで論じたいのは猫を食わないのが正解かどうかではない。鯉昇師の長屋の花見が、結果さらに面白くなっていたことを強調したいのです。
長屋の連中、猫は結局食べなかったのだが、あの猫、口が軽いから大家に言いつけたに違いないとつぶやいてる。
たまらないね。

あとは別のしくじり告白が2件。
大家を訪ねたら留守だった。上がりこんだら羽織があった。
職人なんで羽織なんて着ないのだが、ついあててみた。
職人なんで羽織なんていらないので、そのまま質に持っていった。

また別の男はさんざっぱら飲んで、へべれけで長屋に戻ってきた。
家に帰ると食事の支度がしてあったので、残らずいただいた。
だがよく考えたら俺は独身。よく考えたら大家の家だった。

既存の長屋の花見とは、構成も違うし、展開のバランスも違う。
「毛氈だ!」「夜逃げだ夜逃げだ」「月番、酔え」「灘ですか。宇治かと思った」なんて、だから入れないのだ。
これらは古典落語の鉄板のウケどころに思えるけども、でも実は噺に対するネガティブ要素にもなるのだった。
キズを付けていかない鯉昇師の長屋の花見は、だから最後までポジティブである。

上方落語の貧乏花見は、家主が入らず住民がフラットな関係なのがいいなんて言われることがある。
長屋の花見は上下関係が入るのが欠点だなんて。
この見解は、噺の要素をポジティブ、ネガティブで分けた結果だろう。
この点、鯉昇師の長屋の花見は東京一、いや上方落語を含めて日本一ポジティブ。
非常に元気の出る落語。
ネガティブ要素があるとすれば「うちの長屋は日本国貧乏長屋で郵便が届きます」だけかな。これはこれで好き。

これはもう、新作落語といってもいいぐらい。
爆笑続きで、大家が出てくる頃にはもう中盤。
さて、用意したお重と酒のいろいろ。

  • かまぼこと卵焼き(大根と沢庵)
  • 刺し身ならぬさしめ(目刺し)
  • 野菜炒めならぬ野菜傷み
  • カラシニコフ(麸2個に串を差し辛子を塗ったもの)
  • 番茶を煮出したお茶け
  • 醤油を水で割ったウイスキー

序盤から使っている、登場人物がセリフをやたらつっかえている技法がこのあたりでフルに活きてくる。
カラシニコフみたいに、なに言ってんのというものに、だんだんピントが合ってくるこの面白さ。
よく考えたら、これは道灌の「隠居さんは(ゴニョゴニョ)だって」の系譜にあるのだった。
師の長屋の花見といえばウイスキーだったが、さらに多くのオリジナルアイテムが加わっている。

花見会場に着いてからは、まるで異なるサゲに向かって進んでいく。
桜を活用したでたらめなサゲ。
展開も、サゲもポジティブなのであった。

もう、たまらないものを聴きました。

ちなみに長屋の花見が出たので、トリの遊雀師は花見の仇討出せなくなったそうで。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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