「八っつぁん熊さん」のイメージは粗忽長屋だけで作られている

昨日は休んだが、一昨日「八っつぁんと隠居」でネタを作ったところ。
ここから、落語の登場人物のことを考えていた。
八っつぁん熊さんご隠居さん、人のいいのが甚兵衛さん。馬鹿で与太郎。

ふと思った。本当は急に気づいたわけでもないけど。
八っつぁん熊さんというのは、落語を日常的に聴かない人でもイメージを持っているだろう。長屋の住人で、職人。
ところがこの二人がコンビで出てくる噺、それほどない。
八っつぁん熊さんのコンビのイメージは、粗忽長屋ただひとつで作り上げられている。粗忽長屋は有名噺であるだけでなく、世間のイメージまで形作っているのだった。
「船徳」ではまとめて「クマンバチさあん」と呼ばれてるが、これは共演のうちに入るだろうか?
実際には八っつぁんは、隠居のほうがずっと強いコンビ。

それでいながらイメージの八っつぁん熊さんに匹敵するのは、落語じゃないが弥次さん喜多さんぐらいではないかな。

ただ不思議でもある。
粗忽長屋は、演題どおり粗忽がテーマ。
粗忽の噺は、そんなにない。他に「粗忽の釘」「粗忽の使者」「松曳き」ぐらい。物忘れが激しいのは「堀の内」。
粗忽長屋は名作だけども、落語の世界全体からはわりと珍しい位置づけにある噺。
珍しめの世界観の噺で、落語の登場人物のイメージが作られているとは。

立川吉笑さんに「乙の中の甲」というクレージーな新作落語(擬古典落語)がある。熊さんの脳内八っつぁんと、八っつぁんが対話するイカれた噺。
この噺も結局、万人がイメージしている八っつぁん熊さんというものを利用しているわけだ。

落語界、八っつぁん熊さんよりもっと強いコンビがある。
喜六と清八である。
喜六はボケで、清八はツッコミ。現代の漫才にまで影響を与えているはずの鉄板コンビ。
八っつぁん熊さんと異なり、喜六清八はどんな噺に出てきてもキャラがブレない。いつも同じふたり。
「東の旅」でずっと一緒に行動してるせいだろう。
でも、時うどん、船弁慶、胴乱の幸助などそれ以外でもいつも同じキャラ。
だが、世間的にはこのコンビ、それほど有名ではあるまい。
街を歩く人に「喜六とコンビを組むのはだれ?」と尋ねて、正解がどれほど返ってくるだろうか。
八っつぁんで同じ質問したら、結構熊さんという正解が出るのでは。

イメージとしては、八っつぁんは陽気でおっちょこちょい。
ものは知らないが、粗忽のイメージは特にない。粗忽の釘や堀の内も、言ったら八っつぁんなのかもしれないが、劇中で名を呼ばれることはめったにない。
子ほめでもって、40の番頭さんのトシを褒められないのも、別に粗忽のなせるワザではない。
八っつぁんはいつもマイペース。妾馬では、マイペースのまま士分に取り立てられている。
別題としてそのまま、「八五郎出世」。

熊さんの方は、意地の汚い酒飲み。
今月聴いた「猫の災難」は熊さんがぴったりくる。
それから船頭なのが夢金。意地の汚さは随一。
そして大山詣り。これ以上ない乱暴者。
熊さんは上方落語にも登場する。「てったい(手伝い)の熊さん」として質屋蔵や崇徳院など。
上方落語の熊さんは噺がそのまま東京に移植されても熊さんなので、熊さんの人物イメージは若干広くなっている。
子別れも熊さんだ。
ちりとてちんの口の悪い男も熊さんでできる気はする。
演者は誰だったか、道灌あたりの前座噺の主人公が熊さんだったので驚いたことがある。
別になんだっていいのだった。

粗忽長屋も、今さら誰も疑問には思わないが、熊さんがアニイで八っつぁんが弟分というほうが、私などどちらというとしっくり来る。

八っつぁん熊さんは、江戸の職人の出る落語のかなりの部分を二人でカバーしている。
だが、落語の登場人物は他にも結構いる。
個性の弱い人物で間に合うときは、あまり八っつぁん熊さんは出てこないかも。
よく聴くのが、金さん、吉っつぁん、竹さん。
子ほめで、子どもができたのはだいたい竹さん。熊さんでもいいのだろうけど、さん喬師などごく一部の人しかやらない「竹の子は生まれながらに重ね着て」というくだりをやりたければ竹さんにする必要がある。
新聞記事も、隠居のウソ話で殺されるのは天ぷら屋の竹さん。

新さん、になるといい若いもんになるね。

落語の登場人物、名前はなんだっていいのだけど、何でもよくはないみたい。

(2025/1/20追記)

八っつぁん熊さんが両方出る噺には「天災」がありますね。