スマホの鳴らない方法を考えよう

「よく来たな八っつぁん。今日はどうした」

「ちょっと隠居の知恵を借りようと思いまして」

「久々だね。隠居と八っつぁんの会話で1本作ろうと言うんだな。小ゑん師匠なんか、台本募集にこんなの来るのが大嫌いらしいけどね」

「あっしは好きなんで気にしません。相談相手といえば隠居でしょ。今日は実は、寄席のスマホが鳴る件で」

「ほう、社会派だね。最近も披露目で鳴ったらしいね」

「寄席のほうもね、いろいろ考えてるんでしょうけど、どうしてもいいとこで鳴りますからね。ひとつ根本的な対策を考えたいと思いまして」

「関係者でもないのに偉いね」

「隠居は寄席行きますか」

「ああ、行くよ。シルバー料金だから安くていいね」

「スマホはどうしてますか」

「あたしはちゃんと切ってるよ。そこらの佃煮にするようなジジイババアとは違うからね。若い頃からパソコン使いこなしてたこの隠居は、電源切るなんて当たり前の話だ。あたしゃ老害ってのが嫌いでね。ちゃんと加齢臭対策もしてるし、伸びすぎた眉毛もカットしてるし、耳毛だってちゃんと抜いてるぞ」

「頼もしいすね。でも、そうじゃない客もいるわけです。根本的に鳴らさせないためにはなにができますかね」

「鳴らした客からは罰金取って、出禁にするんだな。ついでに楽屋でボコボコにしてやれ」

「そんなの根本的な対策になるわけないでしょ」

「隠居ジョークだ。まあ、もちろんなんの抑止力にもならない。ただ、罰金分を上乗せしておいて、鳴らなかった客にだけ返してやったらどうだろうね」

「寄席なんていまだに現金払いの世界ですよ。できるわけねえじゃねえすか」

「じゃあ、鳴らさなかった客にだけ、帰りに100円引き割引チケットを配布しよう。料金に上乗せだ」

「鳴らしたくせに、『鳴らしてねえよ』ってごねる人が出ますよ」

「そうだね。じゃあ、鳴ったときは演者もただちに高座を中断して、犯人探しをするのを義務にする」

「殺伐としてますね」

「高座中断と犯人探しは、事務的にすればいいんだよ。お客さんをもてなしたい演者も、まずは仕事としてやる。鳴らした人にご退場いただいてから、『いや〜あたしね、今年もう3度目ですよ』なんてもう一回スイッチ入れてやり直す」

「あたしはいいと思いますけど、もう少し平和なやり方もないもんですか」

「じゃあ、特別室を作って、スマホが鳴りそうな人は最初からそちらで隔離されて聴く。大型モニターでちゃんと声は聴ける」

「ああ、いいですね。他には」

「じゃあ、携帯の電源落とさないと入場させない。受付でチェックだ」

「入場が渋滞しそうですね。それに仲入り休憩時に起動したらもう防げません」

「そのとおり。思考実験としてひとつひとつ検討しているんだからいいのさ。やっぱり根本的に『鳴らさない』方法を考えないとね」

「通信遮断装置ですね。新宿末広亭はどうなんですかね。あれ1階だから、導入したら近隣の飲食店に影響出たりするんすかね」

「かもな。だからね、新宿はこれを機に建て替える。客席を3階ぐらいに作っておけば、たぶん影響ないだろう」

「鈴本方式ですね。古いものを愛してそうな隠居が建て替え推奨とは意外すね」

「思うんだけども、歌舞伎座が前のままだったら、今ごろ歌舞伎スマホ問題がかなり話題になってたに違いないよ。あそこもビル一体型で建て替えたから、遮断装置も入れられてるんだと思うんだ」

「なるほど。一理あります。古い寄席を愛するんなら、そのデメリットも受け入れなきゃいけないわけですね」

「末広亭も歌舞伎座方式で、新しい建物なのに伝統を演出すればいいと思うんだ」

「ただまあ、鈴本とかあるいは歌舞伎座とか、遮断装置入ってるけども結構鳴るんすよね」

「そうなんだ。タイマーとかね。スマートウォッチなんかも短くピッてよく鳴ってるね。あれはもう、ユーザーの甘えだろうね。これぐらいいいやっていう」

「時計なんて電源止めるもんじゃないですもんね」

「もう、客席の自主性に任せたらどうかね」

「自主性というと、客のマナーに訴えかけるわけですか」

「いや、もう寄席は一切、鳴る鳴らないには関与しない。演者も、スマホが鳴ったとかそういうことに文句言うのはやめて、とにかく高座を務めあげる」

「それじゃ無政府状態だ」

「その通り。スマホを鳴らした客は、他の客になにかされても文句は言えないことにする。自己責任で、スマホつけっぱなしにしても、開演中堂々見ていても構わない」

「ただし、いのちの危険も自分で負うと。浅草なんかもう、修羅場になりそうだ」

「そう。案外よくないか」

「スマホ刈りが流行しそうですね。ストレス溜まっていつもイライラしてるような人が寄席に来て、いつスマホが鳴るかワクワクして待ってるという」

「そうだね。しかも正義の味方扱いされるかもしれないし」

「じゃあ、それで行きましょう。今後あたしが落語会を主催するときは、その方法にさせてもらいます」

「冗談言っちゃいけねえ」

電磁波遮断ポーチ