神田連雀亭ワンコイン寄席9(春風亭昇羊「長短」)

希光 / 真田小僧
橋蔵 / 寄合酒
昇羊 / 長短

今週も、神田連雀亭ワンコイン寄席に春風亭昇羊さんを聴きに。二ツ目とはいえ、今いちばん好きな噺家さんだ。
しばらく昇羊さんのスケジュールは押さえてある。全部は行かないけど。
ご本人には、またあのお父さん来てるな、と思われてるんでしょうか。
6月は、5度目の落語。使ったお金は、家族の分を含めて計3,000円。嘘みたいだけど本当だ。

この前日も、A太郎、小はぜといういいメンバーだった。
昇羊さんばかり追いかけるのもなんなので、当初こちらを予定していたがやめた。結局、一日スライドしたような恰好。
この日は芸協3人の顔付け。希光さん、橋蔵さんは二ツ目に成り立て。
だからか、ギリギリつ離れしていなかった。私は満足しましたけどね。
特定されるので、客の少ない席のことを書くのはちょっと勇気がいるのだが。でも書きたいことが盛りだくさんである。

笑福亭希光「真田小僧」

鶴光師の弟子、笑福亭希光さんは初めての連雀亭の高座だそうだ。昨年前座のときに、手伝いには来ていたそうだが。
少ない客席を見て、こんなに入るんですね、せいぜいひとりふたりかと思っていた、と。
連雀亭夜席の、客が少ないネタをこの日もまた聴いた。ひとりも来なかったのに、見栄で「客数1」と書き、架空のネタ帳を付けておく噺家もいるらしい。
そういう怖い席にだんだん行きたくなってきたなあ。うちの家族だけで聴くというのはどうだろう。貸切り気分で。
連雀亭は、6月に新メンバーが増えた。円楽党の三遊亭とむさんなど。希光さんも、その際の追加メンバーのひとり。
先輩たちは何日も連続で出ていることが多く、自分にも高座が結構廻ってくるかと期待したら、メンバー増え過ぎてなかなか出番がないらしい。
芸協は、草津温泉で毎日落語会がある。そちらの自虐ネタ。時うどんの前半を終え、仕込みをいよいよ回収しようとしたところで団体さんに席を立たれてしまったり。
さらに、地元からお座敷が掛かったので喜んで出向いたが、ギャラが羊羹2本だったほか、ひどい扱いを受けたネタ。
私も希光さんは初めて聴くのだが、じんわりとしたマクラに、すぐ好感を持ちました。

希光さん、ウケていたためかマクラは長く、13分くらいやっていた。そこから真田小僧へ。
本編も、子供の態度など結構工夫しているのだが、クスグリで頑張りすぎない。
客の気持ちをまったく損なわないので、希光さんに好意を持った客は、噺に勝手に味付けをしておいしくいただくことができる。
噺を味わう以前に、噺家を味わう。なかなかありそうでない感覚だ。
貴重な上方落語でもあり、今後の期待大です。
マクラですでにわかるのだが、希光さん、なにごとも突出しない人だ。ギャグそのもので生じるウケではなく、それがじわじわ客席に浸透する効果のほうを大事にしている。
この人も今はやりの、芸人からの転身組だ。マクラでは一切語らなかったが、漫才や吉本新喜劇にも出ていた人。若く見えるが年齢は結構行っている。
同じく芸人上がりの春風亭昇也さんが、一之輔師のラジオにゲストで呼ばれていた際、希光さんと芸人時代との先輩後輩関係が逆転してしまってやりにくいと語っていたのを思い出した。
芸人上がりであることを考えると、希光さんのほどのよさは特筆すべきものと思う。
芸人をやるのは誰だって、ウケが欲しいからだろうが、落語の場合、いったんその欲を捨てないといけない。
なまじ名声があっただけに、直接的なウケに対する欲を捨てられず、いつまでも噺家として生まれ変われないままなのが桂三度さんだろう。
同じような境遇の月亭方正さんのほうは、先日ラジオで落語を聴いたら、ちゃんとしていたので結構驚いた。以前笑点で、イマイチなんだかなというのを聴いていたのでなおさら。特によく知らずに聴く上方の噺家たちと比べても違和感がなく、非常に噺家らしくなっていた。
落語にすんなり溶け込める元芸人なら、私は転身大歓迎です。落語界で小さくなって欲しいわけではなくてね。

春風亭橋蔵「寄合酒」

春風亭橋蔵さんは、名前を見て誰の弟子だろうと思ったが、師匠は柳橋。ちゃんと橋の字をもらっている。
前説に出てきたが、面白いことひとつも言わずに、携帯の注意だけして去っていった。逆にそれがちょっと新鮮で面白かった。
マクラでも、別に面白いことは言わない。時間をオーバーした希光さんが、降りてきて「ゴメン」と言っていたというくらい。
時間が短くなったのをこれ幸いという感じで、落語に入っていく。
だが、このお笑いのセンスが皆無そうな二ツ目さんが、豊富な芸歴を持つ希光さんと似た種類の、抑制された落語でもって客をくつろがせるのだから実に面白いではないですか。
落語というものが一体なんであり、私を含めた客が、何を求めて寄席に来るのかがよくわかる一席だった。
落語とお笑いとは、親和性は高いけども決してイコールではないのだ。爆笑落語も好きだけれど、寄席の番組はそれだけでできているわけではない。

ウケたくて仕方ないらしい前座をたまに見る。下手すると二ツ目さんにもいるし、真打になってもまれにそんな人がいる。
学校で人気者であった過去もなく、ギャグセンスが乏しいのにも関わらず、噺家になれたのをいいことに、勘違いして人生取り返そうとしているような人。
まあ、だいたいの場合、客をひどい目に遭わせてくれる。学生時代からギャグセンスの高い人は、そもそもいきなり落語のほうには来ないだろうし。
そういうのを見ていると、まったく欲のない高座を務める人の偉さがよくわかる。欲のない高座は、人をいたたまれなくすることが一切ない。
そういう高座には必ず価値がある。落語300年の歴史を、自分一人でひっくり返そうなんてのはおこがましいのだよ。
執着を捨てる高座ができている橋蔵さんも、今後どんどん上手くなるだろうし、しかも(意外にも)面白くなっていくだろう。
それはそうだ。落語って面白いもの。その世界に浸ればいやでも面白くなる。
「寄合酒」の最大のウケどころである、与太郎の持ってきた味噌の検分はあまりウケてなかったけども。でも20人くらいいたら、あるいは大爆笑だったかもしれない。

新ニッポンの話芸ポッドキャストで、広瀬和生氏が、京須偕充氏のことを名前は出さず罵っていたのだが、それは京須氏が広瀬氏の書物に反論し、「落語は(噺家ではなく)噺です」と言ったというもの。
聴いたときは、広瀬氏の怒りももっともだなと思った。だがこの日の橋蔵さんのような、噺そのものを上手に語る人をよしとするならば、京須氏の主張もわかるなあ。広瀬氏は、噺家「しか」語らないものね。

この日の期待はもちろん昇羊さんだが、すでに前に出た二人が当たりで嬉しい。
ワンコイン寄席、だいたいひとりはハズレを覚悟して行くので、三人当たりというのは実にラッキーだ。
まあ、ハズレの芸人さんも、ちゃんとやってくれたら別にいい。まれに、客の気持ちを深い井戸に投げ込む、青山鉄山みたいな人がいるので困るのだけど。

春風亭昇羊「長短」

昇羊さん、私もワンコイン寄席の3人のうち、香盤がトップになるようなことになりましたと。目当てにしている人だが、トリを取っているのを見るのは初めてだ。ご本人も初めてなのか。
でも昇羊さんだって実のところ、二ツ目になってたかだか2年なのだ。もう何年もやってるような雰囲気があるけども。
古典落語もいったい何席持っているのだろう。それに加えて自作の新作もあるのだから。
ちなみにこの日の連雀亭夜席は、昇羊さんの「古典とまくら」の会。高座の下手に案内が出ている。こんな名前の会をやるくらいだから、当然マクラ上手。

開演前、よくお見かけする常連のお婆ちゃんが、テケツの昇羊さんにお土産のお饅頭を渡しているのをちらと見た。
どうやらこれがサービスとして今日の「長短」につながったらしい。饅頭をゆっくり食ってみせる場面に。

マクラは、立川生志師が横浜にぎわい座で開催した「ひとりブタ」に、勉強させてもらいに出向いた話。思わぬところに交流があるのだな。
ゲストが、プロの噺家でもなかなか勉強させてもらう機会のない志の輔師なので、ぜひにと思っていた昇羊さん。
楽屋の志の輔師は、あまりしゃべらず威圧感たっぷり。「うー」だけで意思のすべてを表現する。数多い弟子たちが、師匠の意向を察して兵隊のように素早く動く。
師匠自体が軽い、昇太一門とは大違いだと。
志の輔師にツーショット写真をお願いすると、弟子はみなさっと壁に張り付く。これが昇太一門の弟子たちなら、誰かと師匠のツーショットに、Vサインで写り込む。
それだけ個性の違う昇太・志の輔両師匠が、昔から仲良しなのだ。年は離れているがほぼ同期なので。
さらに、中学から桐蔭でお坊ちゃんの昇羊さんと、全然育ちの違う炭鉱育ちの兄弟子昇吾さんとの仲のよさを軽く振って長短に。
昇吾さんは聴いたことがないのだが、桂竹丸師とか、他の噺家さんのマクラによく登場するユニークな二ツ目さん。昇吾さんと昇羊さんも、香盤は近いが結構年は離れている。

今日も昇羊さんの古典落語は、違うツボを攻めていて面白い。
長短はよく寄席で掛かる噺だが、これが上手いと言われていたのは、友情を描いたら右に出る者のいなかった先代小さんであろう。
だが、昇羊さんが攻めるのは、必ずしも美しい友情ではない。もちろん、マクラでもそういったテーマを振っているくらいだから、友情を描くことを放棄しているわけではないのだけど。
昇羊さんは、「もしこんな両極端な友達がいたら」を徹底的に攻める。
それだけ聞くと、笑いのセンスのない前座が企みそうな落語にも思える。
しかし、さすが技術を持った昇羊さん。噺のテーマは押さえた上で、自分自身の工夫として徹底的にキャラクターを攻めていく。先日聴いた、鰻の幇間の化け物みたいなお姐さんを思い出す。
また、昇羊さんは男前だが、目が大きく、なんとはなく狂気をはらんだ変態顔なので、顔をいじるとかなり面白い。
饅頭を二つに割って、どちらを食べようか悩む長さんも、すごいキャラ。
話がまどろっこしいとか、動作がスローモーとか、そういうものを超越している。全てを超越している神のような長さん。

長短は寄席でよく聴くけど、なんだか中途半端な高座が多い気がして、そんなに好きではない。
だが、キャラを攻めるのに迷いのない昇羊さんの長短、これは惚れるね。
大満足の1時間でした。

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。