なついち寄席@ヒルトピア(三遊亭遊雀「堪忍袋」)

晴太  / 牛ほめ
宮治  / 善光寺の由来
(仲入り)
喜之輔 / 紙切り
遊雀  / 堪忍袋

無料落語愛好家の丁稚定吉です。
東京かわら版によると、平日である8月3日昼間、新宿ヒルトンで無料落語「なついち寄席」があるという。夜の部もあって二部制。
芸協の三遊亭遊雀師と、桂宮治さんの会。ひとつ昼の部に出かけてみます。
ヒルトン地下の商店街「ヒルトピア」など、初めて訪れる。そもそも、池袋派の私、新宿にはめったに来ない。
行ってみると、ヒルトピア、意外と空きテナントが多い。丸の内線、大江戸線からもつながっているのだけど、サラリーマンの動線から微妙に外れているんですな。そして、つながってはいるものの孤立性が高い。
そして、ホテルの宿泊客がそれほど来るわけではないという、ちょっと中途半端な商店街。
まあ、落語で街起こしとは殊勝な心掛けではないでしょうか。
限定50人ということで、少々心配なので早めに。
2時間前に現場に出向き、状況を確認してから45分前に再来。整理札をもらってまた時間を潰し、15分前に入場。
結局満員にはならなかったが、50人に近い入り。
結構、落語には詳しそうなお客さんで、なにかの間違いで来てしまったような人はいない。

早めに来たり時間潰したり、暑い中うろうろしたのでくたびれた。前座の春雨や晴太さんの「牛ほめ」で寝せてもらう。
落語を聴いての昼寝、実に気持ちよかったです。おかげでリフレッシュ。
前座さんの落語で寝るのは私の趣味のひとつ。どうか悪く思わないでいただきたい。

そして桂宮治さん。
この日のプログラムが配られているわけではなく、宮治さんの持ち時間もわからない。
一席やるのか二席なのかもわからない。結局、30分くらいだったか。
宮治さん、前座のときに上野広小路亭の「しのばず寄席」で聴いて、前座なのに強烈な「たらちね」に心底びっくりしたものである。
その後の売れっぷりはなるほどなというところ。TVで笑いの取れる人でもある。
だが、一時期芸風がトンガリすぎた印象があり、談志かよ、とちょっと避け気味であった。
しかし先日の笑点特大号公開収録で、画面に映るかどうか関係なく実に一生懸命やっている姿を見て、大いに見直したところ。
この日は遊雀師が目当てではあるが、そんなわけで宮治さんも楽しみに。

桂宮治「善光寺の由来」

人気者の宮治さんは、30分間ぶっ飛ばす終始ハイテンションの高座。
実に面白かったが、疲れてしまった人もあるいはいたかもしれない。でも、これだけ笑わせるのは見事。
女性のお客さんはありがたいといって、その例、女子校での学校寄席のマクラ。
瀧川鯉昇師、林家正楽師と一緒に行ったらしい。凄いメンバーだね。共通点は全員薄いんだって。先生によれば、イケメン噺家だと生徒が落ち着かないから。
学校寄席に行く場合は必ず調べるのが、学校の偏差値。偏差値と笑いの量は正比例する。これは噺家さんからよく聴く話。
その学校の偏差値は、極めて下のほうだった。だがお金持ち学校なので、すれ違うと「ごきげんよう」と挨拶してもらえる。
先生がなぜか落語が好きで、冒頭のあいさつで蕎麦の手繰り方、カミシモまで実演するので噺家さんのやることがなくなっちゃう。
そして、男ばかりの会は辛い。それは刑務所の慰問。刑務所のセキュリティを音付きで笑わせる。
マクラで散々ウケたあとで、お釈迦様のエピソードへ。お血脈だ。
宮治さん、毎年正月には善光寺で連日落語をしているらしい。
地噺だから当然だが、脱線し放題。一箇所ウケないセリフがあり、それは仕方ないのだと釈明する宮治さん。
自分の大師匠、先代文治から、今の文治師に伝わり、それを教わってるのだから。
先代の教えで、ここはそのままやってくれと言われているのだ。
そして、噺を教えてくれた今の文治師についてさらっと「○○の文治」。
これ、SNS禁止ですということだが、なに、あちこちで言っているのでしょう。
持ち時間はたっぷりあるのに石川五右衛門は出てこなくて、前半部だけ。前半を独立させると「善光寺の由来」というようである。
講釈師を引き合いに出し、あいつら途中で話を止めやがるというネタを降っておいて、自分も途中で終えてしまう。
楽しい地噺で、ギャグをこれでもかと突っ込んでいたので前半だけでも全然OK。

林家喜之輔

仲入り時に前座さんがメクリを変えると、「林家喜之輔」とある。誰だっけ?
調べてしまった。林家今丸門下の紙切り芸人さんだ。メクリを変えると、まったく予期しない芸人さんが出てくるというのは、実に不思議な会である。
今丸一門も、密かに栄えているのですな。上に花さんという女性もいる。
忘れがちだが、芸協にも「林家」があるわけだ。
この今丸一門も、海老名に頭下げて名乗ってるのか? まさかね。 喜之輔さん、若いのにかなり強烈な引き芸の人だ。入場から、とぼとぼと背中を丸めて歩いてくる。
二番目のリクエスト、阿波踊りについて、袂からスマホを取り出し、検索して調べる。
紙切り芸人も増えてきましたが、スマホを高座に持ち込むのは私だけだと。
最後リクエストがなく、自ら選択して切ったシャンシャン、悪いデキじゃなかったのだけど、誰も持って帰らなくて気の毒でした。
私も小さなバッグしかかついでなくて、折らないと持って帰れなかったので。
将来が結構楽しみな芸人さんである。

三遊亭遊雀「堪忍袋」

三遊亭遊雀師は大好きな噺家さんだが、今年二度、国立演芸場の定席で聴いて二回とも「熊の皮」。
この日はトリだし時間がたっぷりあるので、さすがに熊の皮ではないだろう。ま、それでもいいけどな。
浅草に出ているが、今日は休んでこちらに来ましたと遊雀師。「寄席行ったことある人?」と客に聴くと、あらかた手を挙げていた。
浅草などの「流し込み」つまり、昼夜入れ替えのない寄席に行くと、芸人ひとりあたり100円しないで聴けると。非常にパフォーマンスのいい芸能。
次に、仕事があってのことだと思うが、奥さんと佐渡に行ったマクラ。これは初めて聴く。
とにかく、新幹線を降りてフェリーに乗って下りるまで、佐渡おけさづくし。
佐渡に着いて海辺でサンドイッチを食べていたら、見事トンビにさらわれたという。
トンビの滑空を見事に描写する遊雀師。
女というものは、本当にびっくりしたときは高い声を出したりしないのだと、この事件で知った遊雀師。奥さん、その瞬間とても野太い声を出したのだそうで。
なるほど、熊の皮もそうだが、遊雀師、結構おかみさんの声を野太く演じるのだが、この遊雀マジックはここから来たのか。知らないけど。

トンビに奥さんが持っていかれればよかったのにと笑わせて、夫婦の噺、「堪忍袋」へ。
決して無名の噺ではないはずだが、実際に寄席で掛かるかというと、まあ珍品の類だと思う。やる人知らないもの。
元は増田太郎冠者作の新作落語。
遊雀師の、前半のみのTV録画を持っているが、通しで聴くのは初めてだ。
基本的なサゲは、悪口を貯め込んだ堪忍袋が破け、悪口が飛び散るというもの。
このサゲを含め、演出をかなり変えている型で、もともとは、なんと笑福亭鶴瓶師から来ている。鶴瓶師のものを聴いたことはない。
わが家にある、三遊亭竜楽師のCD第1巻に「堪忍袋」が入っている。竜楽師による自己解説によると、鶴瓶師から教わったこの噺を、遊雀師と世之介師にも教えたのだという。
上方から来たスタイルが、東京の三派に伝わるというのもいい話だ。
遊雀師のものも、聴くと基本はほぼ竜楽師を踏襲していた。時事ネタの入る、町内の衆の欲求不満を吐き出すシーンをカットしていたくらい。
喧嘩する夫婦は子だくさん。梅干し、たくあんが揉めごとのもと。
竜楽師も遊雀師も、この堪忍袋をやろうということ自体がすばらしいセンスだと思う。
帰ってから竜楽師のCDを聴き返したが、遊雀師のものも、クスグリがほぼ一緒なので、改めて驚いた。
すでに遊雀師で聴いたことのある前半も、初めて聴いた後半もだ。でもライブで受けた印象は、随分と違っていたのだけど。
遊雀師の魅力は多々あるが、この日の「堪忍袋」についていうと、コメディタッチの演技と、声の使い分けであろうか。
高座の上での演技が上手い噺家というのはたくさんいるが、だいたいシリアスな演技である。人情噺だともちろんこの傾向が強いが、滑稽噺でもシリアスな演技がピタッと来る人が多いと思う。

先に名前を出した竜楽師もそういうタイプだ。まずは、登場人物の気持ちをリアルに表現するのが演技というもの。迫真の演技に、背筋を伸ばして聴きたくなる。
ところが遊雀師に関しては、徹底してコメディの演技なのだ。竜楽師とほぼ同じ噺で、印象がかなり違ったのはこれが理由だろう。
元の師匠、柳家権太楼師が得意な「笑わせるための演技」とは少々違っていて、遊雀師の落語はそれ自体コメディである。
コメディの世界観。客を笑わせる前に、登場人物が世界の中でまず真剣に遊んでみせる落語だ。
コメディの演技というのは、日常世界からするとふざけて映るが、その芝居の中ではシリアスなのである。
堪忍袋の喧嘩する夫婦も、いかに楽しい喧嘩をするか、それぞれ観客を意識して追求に励んでいるみたいではないか。
それから、声。
柳家喬太郎師なども、登場人物の声を使い分けて演ずる人であるが、遊雀師の場合はさらに、同一人物が複数の声を使い分けるのである。
堪忍袋のおかみさんも、いよいよ野太い声から、女らしい声までいろんな声を出す。なかなかないスタイル。
落語で「声色」を使う方法は否定されるが、誰が喋っているかをわかりやすく描写する「声色」とは目的がまったく違う。
だけど、遊雀師の登場人物、様々な声を出すのに、誰が話しているのかわからなくなることは決してない。
落語というもの、案外自由な芸であることがわかる。その自由さをフル活用し、古典落語を徹底的に楽しくブラッシュアップする遊雀師、実にカッコいい。 寄席のクイツキなどで軽く「熊の皮」を演じる遊雀師ももちろんいいが、たっぷり演じる遊雀師はもっといい。
この師匠の落語会自体は決して少ないわけじゃないので、また見つけて行きたいものです。夜席が多いのだけど・・・
寄席のトリでもいいが、私のホームグラウンドの池袋でトリを取ったのを見たことがない。だから、ほとんど行かない浅草・新宿に行く必要がある。
大満足の楽しい2時間弱でありました。無料の落語にも、探すと結構いいものがあります。
早めに行って時間潰したりするのは少々大変ですけどね。

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。