寄席芸人伝6「箱入り一遊」

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古谷三敏「寄席芸人伝」のご紹介。
紹介しやすいものを選ぶと傾向が偏ってしまうのだが、このマンガは決して人情噺風のストーリーだけで構成されているわけではない。
絵柄に向いた滑稽噺もたくさんある。反対に、さらに悲しい、戦争による落語界・噺家の悲劇を描いた話もある。
今日は泣かせる噺ではなく、ちょっと傾向の違うものを。

第4巻から<第53話 箱入り一遊>

若手の三遊亭一遊の芸が、仲間の評判を呼んでいる。
「きっちりとした楷書の芸」「同じ噺を二度聴くと一言一句違わない」「寸分狂わない芸を聴かせる」
一遊の高座を聴いてベタ褒めの楽屋、ひとりだけ異を唱える大真打、橘家花橘。
「お前たちの眉の下で光ってんのはなんだ。見えねえ目ならくり抜いて捨てちまえ。後で銀紙でも貼っとけ」と、これは抜け雀。
「何度も同じ噺を聴かせるなら、お経でも掛けとけ」
トリをとってる花橘師匠だが、席亭に申し出て、明日から一遊の後に上がるという。
「のっけてえからめんだいに頼むよ」「はしょれ」「つなげ」等、前に出る一遊に時間の調整を指示する花橘。おまけに楽屋で、客席まで聞こえる大きなクシャミ。
グタグタな高座となり、「ひでえじゃありませんか」と抗議する一遊に、花橘は言い聞かす。
「はなしってやつは生きてるんだ。つながなきゃいけないときもありゃ、はしょらなきゃいけないこともある。酔っ払い客が騒ぐこともあれば、地震が来ることだってある。臨機応変に作っていくのが芸だ」
さらに、「おまえさんみたいなのを『箱入り』ってんだ」。
花橘の熱い語りに打たれ、箱から抜け出すことを誓う一遊。

「寄席芸人伝」には、ダメな噺家が努力の末、出世するエピソードが多い。このエピソードの主人公、三遊亭一遊も、なんとかかんとか箱から脱する。
だが、「なんとかかんとか」が常に描かれていないという不満はちょっとある。三年経つとなんとかなる「千早ふる」みたいだ。

しかし、このなんとかかんとか部分を別の本で見つけたのだ。たぶん今回のエピソードのアイディア部分であり、アンサーについてはマンガ化しにくいからカットしたのだと推測する。
古本屋で見つけてきた、昭和44年発行の暉峻康隆著「落語芸談(下)」。
三遊亭圓生が、かつてまさに箱に入ってしまって、何回やっても一言一句違わない状態になってしまった。居眠りしていても、お経のようにできる。
噺家のキャリアとしては、まずは師匠の型どおりに演じることができるようになって、次にそこから抜け出さないといけない段階。むしろ、「同じようにやるな」と言われる段階。
箱に入った噺を壊そうとするが、壊れない。あまりにも丈夫にできているから。圓生はどうしたか。
新しい噺を覚えて、古い噺をやらなくした。だが、新しい噺を覚えてもまた箱に入る。だからどんどん覚える。
その後、5~6年やらなかった噺、いったん忘れて捨てた噺を思い出しながらしゃべってみる。きちんとはしゃべれない。真ん中のところがふんわりしている。
やるたびに、少しずつ違ってくる。ここでようやくしめたと思った。

圓生には、自分そっくりの弟子「好生」を毛嫌いしたエピソードがあるが、好生はここから抜け出せなかったものか。

電子書籍全11巻セット

作成者: でっち定吉

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