古谷三敏「寄席芸人伝」の紹介です。
今日は、第6巻から<第84話 カレーの円三>。
寄席初心者に、寄席の掟を知ってもらうのに適当な話なので紹介してみます。
八方破れの落語で人気を博している「三遊亭円三」。掛け持ちで大人気、寄席に駆け込んで来て、順番を変えてもらい客席を沸かせて去っていく。
「寝床」を掛けて、旦那の義太夫がバアさんを直撃してバアさん即死、などというクスグリ。
大真打「春風亭栄喬」が楽屋で苦々しく見ている。「食えたもんじゃねえや」。
円三、聞きとがめて「あたしの芸はそんなに不味いですかい」。
栄喬は、「口に運びにくいな。まあ、そのうちわかるさ」。
円三のあとで上がった噺家、馬鹿の親子が屋根に上がって星を獲る小噺を掛けると、客席から「それ出たよ」。
道具屋に入って、「おめえは慢性の馬鹿だね」「次は須田町」というクスグリ(東京市電が走っていた時代の、いにしえのギャグです)を出すと、またも「それもさっきやった」。
高座を降りて、「楽屋帳をいい加減につけるな」と前座を叱りつける。しかし、前座はちゃんとつけている。原因は、円三が、「寝床」のマクラに馬鹿の小噺を振り、旦那が茂蔵を叱るところで「お前は慢性の馬鹿だ」とやってしまったため。
他の噺のクスグリを入れるご法度の「つかみ込み」をやりやがってと円三に怒る噺家。
数日後、円三が遅れてきたため、ヒザの音曲師が先に上がっている。替わりにヒザを務める円三。「強情灸」で客席を大ウケさせる。
トリの桂春朝がやってきて、「あたしゃ帰らせてもらう。ヒザで大ウケされたらトリなんか取れねえ」。
栄喬が引き取って、春朝を上がらせる。
一杯やりながら話そうと、円三にご馳走する栄喬。お通し、前菜、お作り、煮物、焼物と出て舌鼓を打つ円三。
そこにいきなり激辛ライスカレーが登場する。「こんなもの出されたら乙な料理がぶち壊しだ」と円三。
栄喬が、「そのライスカレーがおまえさんだ」。互いを引き立てあう料理の中に、いきなり異質の香辛料たっぷりのカレーが飛び込んでくる。最初は面白がって客も食うが、長くは続かない。
円三これを機に、すっかりアクが抜けていい味の噺家になるという一席。
「円三」を「えんぞう」と読んでしまったアナタ。いけませんでげすな。名前が「三」で終わったら、「ざ」と読むものです。だから「えんざ」。
寄席というのは今でも、このエピソードの掟を守っているところ。
トリの前のヒザ(ひざ替わり)も大変重要な役割で、通常は色物さんが務める。太神楽や、俗曲、紙切りなどが多い。噺を聴き疲れた客の頭をリセットしてくれる。
ヒザの前、「ヒザ前」は噺家のポジションだが、ここでウケさせるのもご法度。だから、漫談をさらっとやる人も多い。
一度だけ、ヒザ前の柳家権太楼師匠が、「幽霊の辻」を掛けて大いに客席を沸かせたのを見たことがある。トリが弟子で、そのため客が少なかったから、サービスであったのか。
他の噺のマクラを持ってくる「つかみこみ」についてはもちろんNG。理由は、まさにこのエピソードのとおりになるから。
しかし、このブログでも紹介したとおり、噺の付属でない独立したマクラがカブったのは目撃した。
ちなみに、このとき最初にこのマクラを出した師匠は、同時に危険な高座を務めていたのだ。マクラで、「寿限無ダイジェスト」をやってしまったのですね。
「寿限無」は前座噺だから絶対にこの後にはかからない、というようなことはない。事実、マクラがカブった後の師匠、ヒザ前だったので軽く「たらちね」をやったのである。
今回のエピソードでも、「まったく、ウケさせりゃいいってもんじゃねえや」というセリフがあるのだが、確かにそうだ。
この点で、古典落語にギャグをどんなにぶち込んでも噺を壊さない噺家さんは尊敬に値する。柳家喬太郎師匠など、そうですね。