3年振りだ!梶原いろは亭3(中・春風亭昇輔「あくび指南」)

オープニングトークでは、鯉昇師出演の映画「ツユクサ」についても触れられていた。
いい映画だそうだが、大画面に大師匠の面白い顔が出ると笑ってしまうと昇輔さん。まわりの年配者に怪訝そうな顔をされたとか。
寄席で後ろの席から観たって面白い顔なのに、大画面だと威力がすごいのだ。
遊京さんは、同じ映画に出ている白酒師に笑ってしまったそうで。

楽しいトークの後、一度袖に引っ込んで、すぐ登場する春風亭昇輔さん。
本当は登場時、メクリを返さなければいけなかったのだ。「梶原いろは亭」のメクリのまま一席やってしまった。
退場時に気づき、照れて釈明して去っていった。せっかく自分で持ってきたのだろうに。

マクラではメガネを掛けているが、本編に入ると取る。

芸協らくごまつりが日曜日に(配信で)あった。あ、私は忘れてたし見てないな。
このまつりの、毎年の実質世話人は師匠・鯉朝。当然その弟子にも、毎年仕事がある。
噺家のフェスティバル運営はシロウトばかりなのでいつも大変。ベテラン師匠からは「若いんだからパソコンぐらいできるだろ」と言われるのだが、新宿末廣亭みたいなアナログ空間に出入りした若いもんだ。若くったってパソコンは苦手だと。
でも頑張ってやっている。
おかげで、「どんな世界でもプロは偉い」という結論に立った。駅員やコンビニ店員を怒鳴っているおじさんは信じられないって。

耳かき屋の小噺。
「並」の耳かきは釘の頭でなくて、「指を差し込みます」だって。ありきたりの小噺で裏切ってくるのだ。
でも、この指がですね、橋本環奈ちゃんの指だったら価値が逆転しますって。

二度続けて「のぶこよしえ」に当たっていたが、今日の本編は古典だった。
あくび指南。耳かきのマクラからいったいどうつながったんだっけ?
落語協会の若手が好んで掛ける印象を持っている。実際、最近聴いたのが文菊、おさん、小辰、さん花。
NHK新人落語大賞では市弥さんが出していた。
劇中に夏の船遊びが出てくるので、今の時季が一番いいと思う。
よく考えたら、芸協であくび指南は聴いたことない。

よく聴く噺だが、昇輔さんのもの、本当によかった。さすが、古典も上手い人。
さて、聴き手が噺をどう捉えたかは、どこまで行っても主観。解釈に正誤はない。
ひとまずはなにを聴いても、自分の中ではなにがよかったのか(悪かったのか)、常に理屈で噺に迫る私、理屈を総動員してひとまず肚に収めている。
だがこの日は、理屈で噺に迫りきれなかった。間違いなく面白かったのに。
聴き手の上を行く昇輔落語は、新作を作る人ならではだと思う。
自分でいったん古典落語を(さまざまな演出、たとえば一之輔師のものなどと一緒に)バラバラにして、組み立て直しているということなのだろう。精巧に組み立てているけども、細かい部分ひとつひとつに味があるというのが、恐らく秘訣。

めちゃくちゃ笑ったというならまあ、それで満足なのだけど、そんなタイプの噺でもない。
面白い部分は細かいクスグリを含め無数にあるし、ピンポイントでは爆笑もした。
だが全体的な感想は爆笑とはちょっと違い、細かいニヤリが積み重なって満足させてくれた印象。こういう噺こそ、理屈で解析したいものだが。

あくび指南には、看板夫人の出てくるもの(こちらが主流)と、出てこないものがある。
私は出てこないほうが好き。「あくびの稽古をしたい」という願望に邪心がないので、流れがスムーズなのだ。
昇輔さんのもの、出てこないほうだった。

新しくできた稽古指南所に、連れ立って向かう八っつぁん(たぶん)とアニイ。
夫人はいないから、あくびの先生が早速出てきてすぐに稽古が始まる。最も初心者向けの、夏のあくびを稽古。
八っつぁんがツーと吉原に行ってしまい、なじみの花魁につねつねされる、この妄想をハイライトとしてたっぷり。ここを色っぽく描ければ、夫人が出てこない点なんらマイナスにならない。

「あなたはどこへ行ってしまったのか」と、不可解な先生と、当の八っつぁん。
3度目に、「吉原にツー」から脱線することに先生が気づき、八っつぁんをそこで捕まえる(文字通り、逃げないように)。

ようやっとセリフを覚えたのに、最後あくびを忘れてガッカリの八っつぁん。
普通には大きなくしゃみをするところなのだけど、昇輔さんの組み立て直したあくび指南は微妙に違うのだ。
しかし、ここで空気がフッと変わり、ああ、ここからサゲに行くんだなと。
先が読めないのに、でも読める、不思議な満足感を味わう。

イキのいい、古典新作完全二刀流が出てきました。
たぶん将来的には古典で売れる人と思うが、新作が噺家スタイルを大きく支配しているのだ。それも間違いない。

続きます。

(2022/5/27追記)

耳かき屋から稽古屋へは、「いろいろなご商売がありまして」で、難なくつながりますね。

 

作成者: でっち定吉

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