3年振りだ!梶原いろは亭3(下・入船亭遊京「転宅」)

続いて入船亭遊京さん。
スケジュールを見ると、かなり忙しい二ツ目。

泥棒のマクラはたくさんあるが、珍しい「クイクイ」。
床下に潜んでいるのを発見された泥棒が、ネズミ、猫、牛の物まねでごまかそうとするが耐えきれなくなって逃げだし、池に逃げ込む。
竿でつつかれて「杭か、泥棒か」。「クイクイ」。実にくだらない。
このくだらない小噺を、軽々語る。軽々だけどリアルに。
家の人間は泥棒だと先刻気づきからかってるのだろうが、でもそんな解釈を表に出さずに伝えるウデがある。

ここから入った本編は、転宅。
マクラからの持っていきようから見て、これは小三治型。
泥棒の師匠が、「もぐら小僧泥の助」である点もそうだ。もぐら泥をやる泥棒である。
三味線のことを指す「おぺんぺん」も、この噺に限らず小三治の好きなことば。
小三治の弟子の誰か(一琴師とか)に教わったのではないだろうか。

もう6年前になるが、転宅について書いた。最近はやらないのだが、以前は私、よく古典落語の個別の噺にアプローチしていたものだ。
その際、小三治転宅にも筆を割いている。
当ブログでは小三治を批判し続けているのだが、晩年やらなかったはずの転宅については、決して悪いイメージは持っていない。
ただ、泥棒が家の造作の隅々までよさを理解してしまっているのはイヤだなあとは感じていた。
「青菜」で、食べたことのない食材について妙にグルメなところのある植木屋と同じ。

しかし遊京さん、小三治型を踏襲していながら、造作を褒めるのをスルーしていった! これに快哉を覚える私。
いい家だとは褒めているが、自分自身がものをわかっていないことはわかっている泥棒。

お膳に向い飲み食いしている姿が実においしそう。本当に。
転宅のこのシーン、私だけかもしれないがあまりおいしそうに感じることがない。人の家に忍び込んでいるという不自然なシチュエーションだから当然だろう。
この点、穴どろの場合は泥棒ではないので、おいしそうなのだ。
いっぽうで遊京さんがおいしそうに描けるのは、演者としても、そしてその肚で描く泥棒の了見としても余裕があるのだろう。
基本的に図々しい奴なのだ。
おいしそうなのに、なにを食ってるのかは描写しない。これも、家の造作を褒めない方法論と同根と思われる。

最近は、文蔵・白酒両師が開発し、喬太郎師なども取り入れている「見つかった後もしばし喰い続ける泥棒」がブーム。
だが、遊京さんは古い型。
急にお菊に声掛けられて、むせている。落ち着いてから「静かにしろイ」とだらしない。
ビジュアルのとことん楽しい落語である。
お菊の険しいが、しかし余裕漂う顔が好きだ。
こんな顔。

◎は遊京さんのチャームポイントであるエクボである。

先日、連雀亭で「新作派の古典っぽい粗忽長屋」を聴いた。
今日はうってかわっての本寸法落語。方法論が一種類でないところがいい。
ただし一か所裏切ってきた。
名前を尋ねるなら自分から名乗れとお菊の言われた泥棒、親分の名前と、自分の名前「いたち小僧の最後兵衛」を名乗る。
なぜそういう名前かというと、捕まりそうになった際に最後っ屁で逃げるからだ。
私の脳内テキストによるとこの先はお菊のセリフで、「くさそうな名前だね」。
しかし遊京さんのお菊はひと味違う。「・・・ステキ」。
あなたの落語が素敵だと思います。

とっておき(でもないかもしれないが)のこのギャグ以外は、極めて先人の演出に忠実である。
それゆえに、落ち着いて聴ける楽しい噺。
非常に中庸である。泥棒の悲劇をペーソスたっぷりに描くやり方だって嫌いじゃないのだが、そんな迫り方はしない。ウェットな部分には入らない。
ギャグも控えめで、「戸籍調べたら95、6」なんてフレーズまで行かずにやめる。

転宅という噺は、結構矛盾に満ちている。
町内みんなで節穴から泥棒の再来を覗いているんだったら、たばこ屋に来た男こそ、そいつだとわかりそうなもんだ。
たまに、たばこ屋の主人が気づいてるという演出もあるけど、そういうやり方でもない。
なぜお菊が本名名乗るのかも不思議。
だが、場面場面をしっかり演じると、そんな不整合がまるで気にならなくなる。

一席目の昇輔さんがやったあくび指南と同様、この転宅も、私の肚にすんなり収められそうで、スルッと逃がしてしまう気がする。
実にもって本格派の芸だが、その分細かい部分をスルーしがち。
でも全体がしっかり楽しい。
13時6分に終わってしまったのは残念だったが、満足の二席でした。

遊京さん、こんなに上手いのにまだ賞レースに無縁なんだよな。
二ツ目でどうというより、10年後に期待すべき人かもしれない。

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作成者: でっち定吉

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