笑福亭仁鶴は偉大なり

新しいTV局「BSよしもと」で、笑福亭仁鶴一周忌の追悼番組を5夜連続でやっている。
第3夜まで録れた。
トークと落語、実に、実に楽しい。
毎日繰り返し聴いている。

改めて、偉大な噺家であったとつくづく思う。
四角い仁鶴がまあるく収めまっせ。
すごいタレントであった、という周知の事実に基づいての感想と、また角度が違うのだ。
師が亡くなったとき、もちろん残念に思ったが、私はなにも書けなかった。
タレントとしての偉大さにより、噺家の本分について触れづらい気がして。
こうして噺家としての振り返り番組が出たおかげで、噺家笑福亭仁鶴について、ようやく語れる。

仁鶴の落語のスタイル、誰か引き継いでいるだろうか? 私は知らない。
実にもって低いトーン。徹底してセリフに抑揚を付けず、ぼそぼそロングトーンで語り込んでいく。
そうなのだ。仁鶴は実のところ、表面的にはひどく暗いのだ。一般のイメージと異なり。
実に暗く、実に楽しい。
でも生活笑百科のあの語りとなんら変わらないという、この不思議。
実に大阪弁のリズムに似つかわしいのに。
慣れるとクセになるというようなマニア向けの芸ではない。ストレートに楽しい。でも現に暗い。
現在の上方落語には、こんなスタイルは存在しない(と思う)。
現代だけではない。当時の上方落語を引っ張っていたのは、私の記憶においてすら枝雀だった。

仁鶴は、タレントとしての格の高さによって、「落語ってこういうものだ」と、一般人に錯覚させていた、そんな人ではなかったか。
当時の大阪周辺の一般人に、真にこの魅力が伝わっていたのだろうか? 今にして思えば、はなはだ疑わしいのである。

往時の上方落語ファンを馬鹿にしてるわけじゃないので、怒らないでくださいね。
事実として、枝雀のほうがずっと庶民に響いていたとは思うのだ。
ちなみに私は、枝雀ブームを非常に冷ややかに見ている子供でありました。

仁鶴は、残念なことに人徳がなかったようだ。吉本界隈の話ではなく、落語界での。
笑福亭もまとめられず(だから松鶴襲名問題が起こった)、上方落語協会の会長も務められなかった。
人徳があったのは現文枝である、三枝である。
でも、仁鶴のすばらしい古典落語を聴きつつ当時を振り返る。
実は大阪のプロも、仁鶴落語を理解していなかったのではないかと。あまり好きでなかったのではないかと。
下手すると、今でもなお。
仁鶴的なものを排除しても、上方落語は成り立つしな。

早世した桂吉朝がそうであったように、仁鶴落語は本来、東京でさらに評価されるべきであったに違いない。
でも、現に大阪でタレントとしてバカ売れしていて、大阪の文脈でもって語りきられてしまう、この皮肉。

私は上方落語四天王を高く評価する者である。四天王とは、仁鶴の師匠である松鶴、そして米朝、文枝、春團治。
文枝と春團治は、すでに先代。
で、仁鶴の実力だが、四天王に負けていなかった。そう思う。
先代文枝は、タレントというより噺家ひと筋の人だった。だから現代においても、文枝はあくまでも噺家として評価されている。
色っぽくて艶やかな文枝、今聴いても実にすばらしい。
それに比べると、仁鶴にはわかりやすい色気なんてない。
わかりやすい色気がなくて、なにがある? 言葉で表せる要素はなにもない。
艶はない。爆発的なギャグもない。
なのにすばらしい。聴けば聴くほど。
私も、「色気」という要素を実に重要視するファンである。でも、それがなくても落語は成り立つ。

決して、理屈で迫れないことはないのだけど。
低いトーンでもって落語を作り上げていると、細かい上げ下げで客は非常に高揚してくるのである。
そして、客が感情移入しやすくなる。
そこまではわかってる。でもそれだけではないなと。

第1夜に出ていたのが、質屋蔵。
長講一席終えたあとで、自己解説が入っていた。
自己解説など味消しになることだってあるのだが、実にわかりやすいものだった。理論家の側面がよくわかる。
質屋蔵には、長い長い主人のひとり語りがある。コロコロストン。
この前半をきちんと語れないと、後半が語れない。とても難しい噺だと。
しかしこの日、師の知り合いの客もみな、静かな前半に聴き入ってくれたのだと。

そのコロコロストンのくだり、VTRで聴いても実にもう、たまらない。
決して、後半のために我慢して聴くようなものではない。このくだり自体、実に楽しく、聞き手に訴えてくるものがある。

東京の入船亭扇遊師が実は、仁鶴の後継者ではないのか。そんなことを今回思った次第。
扇遊師は、明るい芸である。わかりやすい色気と艶に満ちている。
でも一方ではとても地味なベースがある。これが実は仁鶴由来ではないのか。
物語をぐっと抱きかかえて、我慢して語るところが。
扇遊師は、要所要所でスパッと切れ味を魅せる。でも実は、狙っていないのでは。
噺に迫り、きっちり語っているうちに噺が弾んでくるのが個性。

あと2夜、とりあえず仁鶴を追いかけてみようと思う。

作成者: でっち定吉

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