春風亭一之輔「麻のれん」

先日罹ったコロナとは特に関係なく、いつにない分量の仕事が来たためブログの更新が滞っております。
仕事がないよりはずっといいのだが、毎日〆切に追われて外に行けませんし、書く時間もありません。
ただ、テレビの落語はいっぱい録れたので、徐々に出して行きますか。

落語研究会で流れていたのが、春風亭一之輔師の「麻のれん」。
へえ、この演目テレビでできるんだなと。

ひと昔前なら、盲人の噺は問答無用で放送不可。放送に乗せなければ、視覚障害者の人権が守れるというそんなトンチキなルールに基づき。
だいぶこういった、思考停止のルールは薄れてきた。
当ブログでは、人権の問題がこうやって一歩先に進むたび、取り上げている。

大阪のABCラジオでやっていた、「代書」の朝鮮人のくだり。
浅草お茶の間寄席で流した、「唖の釣り」。
そしてついにNHK日本の話芸で出た、「心眼」。
いずれも、ごく密やかにオンエアされている。本当は出すにあたっていろいろ世間と折り合いをつけるべきこともあろうけど。
とにかく、TBSが最後だ。
一之輔師はそれにしても、噺の数の多い人であるな。感心する。落語研究会からご指名でもあったか。

麻のれんは、ブログ始める前に入船亭扇辰師で聴いた。いかにも扇辰師らしい、江戸っ子按摩が描かれていた。
現場、メディアを問わずそれ以来。季節ものでもあるし。
今回、麻のれんが当ブログ内検索されていてなにかしらと思ったのだが、落語研究会でしたか。

寄席では盲人の噺も掛かるが、でもそんなに数は聴いていない。
小里ん師の「言訳座頭」と、菊之丞師の「三味線栗毛」、あと喬太郎師から二度、志ん松さんから一度「心眼」を聴いたぐらい。

障害者をことさらに貶めようとする噺など、この中にひとつもない。
ただ、笑う素材にはする。言い方をあえて変えると、「笑いものにする」。その点ちょっと怖いところはある。
それでも笑う素材にするにせよ、相手を傷つける意図がなければ許されるというのが現代の常識。意図は表面的にではなく、よく観察して判断する。
「按摩の炬燵」だと、あるいは嫌がる人もいそうだが。

一之輔師も、この按摩を描くにはどうするか、徹底的に考え抜いたであろう。
強情な按摩だが、強情を悪い要素にすることはない。
徹底的に強情で、そしてちょっと意地汚くて、しかしながら徹底して愛すべき按摩を作り上げることに成功している。
揉み療治をしてもらう旦那が、この按摩を気に入っているのは当然なのだ。ハタからその様子を覗いている我々にとっても、実にもって愛すべき人柄なのが師の落語。

一之輔落語は、古典落語の常識を一度裏返し、爆笑にして客に提示するのがスタイル。
そこをいじるんだと、客に衝撃を与える。いっぽうで、揺さぶった噺はきちんと整合性が取れているので、ストーリーの上でも客を納得させる。
テレビで数多く流れる師のハチャメチャな落語と比較すると、今回の「麻のれん」実におとなしい。逆に驚いた。
そして、おとなしい落語なのに、実にしみじみ味わい深い。二度驚いた。こういう味も持ちあわせた人だったのだ。

笑いについては、冒頭のマクラでまかなうつもりなのだろう。
師が前座の時代に、寄席に通っていた視覚障害者のマクラ。
愛すべき人として描写しているのだが、笑いの対象にしていることは間違いない。
勇気がないとできない。それでも、この最前列でカップラーメンを食べているお客さん、やや困った人ではあっても、愛すべき寄席の仲間ではある。
その描き方については揺るぎない。

このお客さんと話をする前座の一之輔師(当時、朝左久)。
客が言う。目の見えない人の噺ってあるみたいだけど、あんまりやらないのかな、聴いたことないんだよ。
あなたが来るからやらないんですよと喉元まで出掛かる朝左久。
これは恐らくノンフィクションを借りた創作で、昔からあるネタ。
視覚障害者だからこそ景清や心眼が聴きたいのだが、10日通っても入船亭扇橋(九代目)は出してくれなかったという。これは菊之丞師がマクラで出していた。
言うまでもなく寄席の配慮なんですがね。
妊婦さんが来れば「もう半分」をやらないのと同じ。

このマクラと、本編に入ってからの按摩のひとり語りが、毎週聴いてる一之輔師のラジオっぽくて二倍笑ってしまった。
冷えた「直し」もおいしそう。青菜でおなじみ、柳陰ですな。焼酎をみりんで割ったものだ。

麻のれんは、じっくり聴くといかにも落語らしいコミュニケーションギャップを描いた噺だ。これが本質。
善人ばかりなのだが、目が見えない人がひとりいることで、想定外のギャップが生まれた。
その原因のひとつが、盲人の頑固さでもある点よくできている。
もっと本質に着目したいものである。これを機に、メジャーな噺になるといいですね。

作成者: でっち定吉

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