日本の話芸に「心眼」が登場で驚愕

テレビの業界、地味にではあるが、どんどん変わっている。
かつての規制を思い起こすと驚くことが実に多い。

いつものように落語関係の番組を予約していた。
そうすると、来週放送のNHK「日本の話芸」に林家正蔵師の「心眼」が。いや、びっくりした。
「心眼」は、盲人の噺。
按摩の梅喜が目を明けたいと願い、薬師様に願を掛ける。信心の人の甲斐あって無事明いた。しかし、という。
人の心の醜さを描いた、数ある落語の話の中でも筆頭の、文学的な人情噺である。
噺の高い価値はともかく、テレビで出せるような噺じゃない。少なくともそう扱われてきた。
今までの常識に基づくなら、身体障害を扱ったものは、出せなかったのである。
心眼にはそもそも「めくら」「どめくら」など、ひどい言葉も多用されている。抜いたら魂も消えてしまう。
必ずしもテレビの規制だけの問題でもなくて、そもそも落語の世界自体にも自主規制がある。
視覚障害者が寄席に来ると、楽屋のネタ帳にすぐ注意が書かれ、按摩の噺は自主規制される。
規制というとちょっと違っていて、お客を不愉快にさせないという寄席のポリシーである。噺は無限にあるし。

妊婦さんが来たら、「町内の若い衆」や、「もう半分」は出ない。
これらは別に身体障害の噺ではないから、テレビで出すのは構わないけど。

心眼を聴きたい視覚障害者もいる。
入船亭扇橋(故人)から売り物の心眼が聴けるのではないか、そう思って主任の寄席に10日間通った視覚障害の客がいたという。
しかし聴けない。
「なんで出ないんだ」。理由は、あなたが来たからだ。

最近では心眼、柳家喬太郎師から聴いた。寄席の特権だと思った。
つい最近、また配信で出したそうで、何件か私のブログに訪問があった。配信はルールが違うから問題はなさそう。
とにかく、掛かる頻度は少ない噺。
数少ないテレビ放映として、古今亭文菊師が「衛星劇場」で掛けたものを持っている。ディスクが傷んでサゲが聴けない、情けない録画であるが。
しかしこれはCS。地上波のNHKで出せるなんて。

昨年、浅草お茶の間寄席で「唖の釣り」が出て、やはりかなり驚いた。
タイトルにそもそも差別用語が入っている。落語の演題、ネタバレ防止のためには言い換える(例:半分垢⇒富士の白雪)努力をするくせに、差別用語を言い換えはしない。
それから今年になって、ABCラジオなみはや亭で、「代書」の朝鮮人のくだりが出た。これもごく皮相的に、メディアでは避けられていた。
乞食に毒見をさせる「ふぐ鍋」なんてのも、NHK新人大賞で出てびっくりしたのだが、まあ、賞レースは規制がないほうがいい。
出した桂華紋さんは優勝。
その後ふぐ鍋、急になのかまではわからないが、メディアでよく聴く噺になっている。
どれもこれも、決してすんなり放映したものとは思っていない。いろいろ裏で関係者の努力があったのだろう。

NHKには、商品宣伝になる文句の規制という、別個のテーマもある。
「真っ赤なポルシェ」も「伊代はまだ16」も、昔はダメだった。ポルシェはともかく、伊代はなんの宣伝なんだかわからない。
でも、「ドルチェ&ガッバーナ」はセーフ。別に本質的な違いがあるわけではなく、規制そのものが替わったのだ。
Googleとか、You Tubeとかの文言も、まず禁止されない。
つい数年前まで、ナイツも「ヤホー」を自粛していたことを思い起こすと、隔世の感がある。
もともと、筒井康隆が断筆宣言までして言葉狩りと闘い、そして勝った歴史もあった。左翼もまた変わった。

NHKで野球を観ていたら、イニングの間、球場内に「高須クリニック」のCMが大音量で流れていた。
いずれ相撲のほうも、懸賞の永谷園が連呼される際のボリューム絞りと画面引きもなくなるかもしれないな。

日本の話芸といえば最近、三遊亭圓歌師の「やかん工事中」が出た。
2年前に、同じ内容が「やかん」のタイトルで放映されたばかりなのでちょっと解せなかったが、好きなのでいい。
2年前と異なっていたのは、「キリンは朝日を嫌う」のギャグに対して、「放送的にはギリギリかもしれん」のツッコミが消えていた。
ギリギリ感がなくなり、その分スリルも消えてしまった。文句言うもんじゃないが。
ギャグだという目的がはっきりしていれば、最近はまず言われない。

表現の自由確保のためには、規制がなくなっていくのはいいことなのだろう。
もっとも逆に、小山田圭吾のように悪ぶった行動は、アーティスト生命を失うまで叩かれるのだが。
いっぽう一昨日も書いたのだが、規制を乗り越えることでお笑いが進化してきたという事実もある。
このあたり、今後も注視していこうと思う。
規制がなくなったら、廓噺も命脈を保つのかと言うと、これはまた違う話だ。聴きたくない人が増えるとどのみち滅びるわけで。

作成者: でっち定吉

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