池袋演芸場25 その7(柳家喬太郎「心眼」上)

トリの喬太郎師、「まかしょ」に乗りのっそりと登場。
開口一番、「うちの喬志郎がご迷惑をお掛けしまして」。場内爆笑。
「寄席でやる噺じゃないですよ」
まあ、確かに。百栄師の露出さんとどっこいだ。だが、「寄席でやらない噺」がたまに掛かる寄席、それが池袋演芸場。

都内で最も換気の悪い池袋演芸場にようこそと喬太郎師。
ここは外で映像流してるから、パブリックビューイングの先駆けです。まあ、誰も観てませんが。
世間の話題はといえば、コロナばっかりですな。コロナかワクチンか。
その他の話題といえば、やれ人を刺しただの。明るい話題はあまりありませんね。
でも明るい話題がありました。蛇が逃げたという。
あと、変わった鳥が1年半振りに見つかったという。変わった鳥なんて、三遊亭白鳥だけでたくさんです。
アミメニシキヘビは、捜索打ち切った後で屋根裏から見つかったんですよね。ヘンな話です。
浅草演芸ホールのジロリみたいな猫が池袋にもいたとしますね。この猫が逃げたとします。
池袋近辺を、北池袋から要町までくまなく探して見つからなかったのが、2階の喫茶店から出てきたようなものですね。

人の心はわからないものですと喬太郎師。あれ、これマクラのどこからどうつながったのだったか?
ちゃんとつなげる気はハナからないのでしょう。
おかみさんが、「梅喜さん」と優しく語り掛ける。語り掛けられた梅喜は、目をつぶっている。
なんと心眼。按摩が主人公の人情噺。
最初から心眼を出すつもりだったようで、マクラもその点控えめだ。控えめなのがむしろ面白かったけど。
前日、マクラで徹底的に笑わせたキョン師、満足したのでしょう。
前日出した「母恋くらげ」の、お笑い面だけでなく濡れた情感をこよなく愛する私。だが真逆の位置づけである、この日の「心眼」に当たって、本当によかったと思っている。
人の心を切り裂く人情噺。
喬太郎師は、落語のあまねくジャンルを統治し君臨しているゴッド。せっかくだから、君臨するすべてのステージにおいて感動したいと思う。
この点で言うと、最後まで隙あれば笑ってやろうとしていた客が若干いた。これだけ残念。
まあ、これは人情噺あるあるですかね。いつ面白いことを言うんだろうと待っているという。
心眼に、笑うところはほとんどない。
先代文楽の時代なら、「人無化十」で心から笑える客がいた。今はいない。
モードが違う落語であることを受け入れて心を開けば、すばらしい世界がそこに広がっているのに。

初めて聴くのだが、喬太郎師が昔から心眼をやっていることは知っている。
按摩の噺はお好きなようだ。錦木検校とか、按摩の炬燵なんてお持ち。

心眼という噺、なにしろ私、聴いたサンプル数が極端に少ない。
当ブログで取り上げたのは、黒門町の先代文楽と、二ツ目の古今亭志ん松さんだけ。
他に聴いたのも、古今亭文菊師のもの。これは実に貴重なテレビ放映分だが、ディスクが傷んでいてサゲが聴けないというしろもの。
それしかサンプルがなくても、喬太郎師がこの噺にかなり手を入れていることはわかる。
むしろ、新作落語家としての師の姿がそこに見えてくる。

喬太郎師こそ落語の基本。
私はちょくちょくそう思う。落語について考え出すと、必ず一度、喬太郎師に戻るのだ。
師の落語、特に新作が極めてユニークであることは、私だって強く認識している。
だが師は、オリジナリティのみ追求し、切り開いていく人ではない。むしろ落語の先人へのリスペクトが、強すぎるぐらい強い人。
師の落語からは、どこを切り取っても必ず先人の英知が感じられるわけである。ぶっ飛んだ新作からだって、円丈リスペクトが漂う。
喬太郎師は、ひとりで落語を改革しようなんて考えていないと思う。先人の要素はすべていったん踏襲し、吸収してから外に出す。

だが、この「心眼」に関していえば、落語の技法がまるで違う。
師は心眼を、落語の技法を使って語っていない。芝居として語っている。
黒門町リスペクトはもちろんあるとして、師は違うジャンルに「心眼」を運び出している。

落語の芝居は通常、どこまでいっても落語らしいもの。リアルな演技よりも、「リアルに映る」演技を目指す。
客が内心で解釈しなおしてちょうどいいぐらいが、通常の落語の演技。
私個人も、日ごろからそれをよしとしている。
登場人物の感情も、ワンクッション置いて描写するもの。過剰な演技より、朴訥なそれがグッと来ることも多い。
芝居関係者に人気が高い喬太郎師の落語といえども、通常営業の喬太郎師なら、やはり落語の演技を使う。古典でも新作でも。
なのに、心眼に関する喬太郎師の演技は、芝居そのもの。
落語と異なる方法論、完全なるひとり芝居の技法を感じたのだ。
目の前で繰り広げられるひとり芝居に圧倒され、心臓をわし掴みにされた私。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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