ネタ切れのときはいつもお世話になってます。浅草お茶の間寄席から一席。
芸協の収録ではしばらく、真打昇進披露興行の収録を流している。今回も、後ろ幕はこの日の主役である春風亭昇々師のもの(関西学院大学落語研究会)。
主役の新真打ではなく、露払いとして登場の昔昔亭A太郎師の、小股の切れ上がった一席。
とにかく軽い。うっかりすると頭になにも残らないぐらいの。
そのA太郎師は、昨年真打昇進だ。
田代沙織さんのインタビュー付き。
インタビューは、高座の前に流れるのが普通。だが今回は高座後。
粗忽なA太郎師が、インタビューをすっかり忘れて着替えてしまい、私服で出てくるハプニング。それが面白いと順序を入れ替えたようだ。
インタビューでは、アディーレ法律事務所のCMの話を長くしていたが、それはまあいい。
私はA太郎師、それほど聴いているわけではないし、ブログで取り上げてもいない。
明るい高座を務める人で好きなのだが、手が回っていなかったのが正直なところだ。
ブログを始めるずっと前に、池袋で「ヒーローインタビュー」という新作を聴いて、衝撃を受けたものだ。
その後、東京都水道歴史館の会と、神田連雀亭で聴いたぐらい。
当ブログ内の検索を、「A太郎」で掛けていく方がいる。
実際に検索してみたら、2記事しか出なかった。でも本当は、「A太郎」で検索すると、結構出るのです。
当ブログでは半角でなく全角のAに統一しましたので。
半角でわずかにヒットした記事も、今回全角に修正しました。まあ、因果な名前だ。
ちなみに浅草らしいというか、一部の客は野暮の極み。やたらと本番中に手を叩く、自己顕示欲の肥大した客。
だがそんなのを軽々といなす、見事なA太郎師。
冒頭、「2階席までいっぱいで」と軽いウソをついてから、昇吉、昇々のふたりについて。
昇吉師についてはごくあっさり。昇々師をたっぷり。これはもう、仕方ない。成金の同志か、そうでないかだ。
私はまったく知らなかったが、A太郎師、二ツ目時代に廃業しようかと悩み、岐阜の実家に引っ込んだことがあったらしい。
そのときに来てくれたのが、鯉八、昇々のふたりだったという。
金華山に穴を掘って隠れていたぼくを、昇々くんが掘り出してくれたなんてギャグで語る。
そして、なぜか主役でもないのに記念撮影会を開始。
実にふざけているが、こんなのが平常運転の人ではある。そして、ふざけ方も極めて軽いのだ。
「しっとりした噺を」ということで宮戸川。
宮戸川は、私の愛してやまない、色っぽく爽やかな古典落語。
ただ、とても難しい噺だと思う。好きな噺が蹂躙されたと感じ、ガッカリすることもある。
失敗する人は、クスグリに頼りすぎるのだと思う。
噺のクスグリを、ひとつずつ入念に入れていって自己満足する芸を、私は「スタンプカード芸」と呼んでいる。
スタンプが貯まって満足するのは演者のほうだけ。なんの特典とも替えられない。
そして宮戸川には、誘惑に駆られるクスグリが多いのだ。だがこれを順序よく入れてったって、ウケやしない。
A太郎師、冒頭の「締め出し食べちゃった」から軽さの極み。
「そんなのは食っちゃったでいいんですよ」と訂正しない。
お花はとっとと霊岸島についてくる。お花がやたら足が速いなんてギャグも、入れない。
古典落語を聴く客の脳内には、よく聴く噺のテキストが記されている。
だがA太郎師のもの、軽々と既存のテキストを超えていく。
どこをどう編集して刈り込んでいるのか、聴いているとまるでわからない。ただただスピーディな展開に高揚してくる。
「いまだにふたつ違い」なんてクスグリもないのだが、聴いている限りはそれにも気づかない。これなんて、噺のハイライトだと思うけども。
気が付くともう雷が鳴っている。でも別に、ダイジェスト落語でもなんでもない。
そんな中、とっておきのクスグリも入る。
「こっちが芸術協会。こっちが落語協会」というギャグは、弟弟子の喜太郎さんから聴いた。共同開発したのかしら。
ただA太郎師のもの、「落語協会の人はこっち来ちゃいけません」でなく、「芸術性が全然違います」。
そういえば、喜太郎さんの宮戸川もタイプは全然違うのだが、よかったな。
野暮な客が大喜びして手を叩くが、実にしなやかに「そんなんで拍手もらって嬉しい?」とお花のセリフでいなす。
あと、お花のおじさんがいるのは「岐阜」。仕込んであるのでとっておきのギャグとして機能する。
サゲも実に軽いのだった。ケレンのかけらもなく、とっとと「ちょうどお時間でございます」。
軽さの極み。芸協古典はこうあって欲しいという見事な一席。
披露目に見事に花を添える。
実力者なので近いうちに寄席の主任もあるでしょう、きっと。
芸協のトリは、軽くてもいいのではないかな。
(2023/7/24 追記)
この検索で掛かる記事ではA太郎師を全面的に褒めたが、その後度重なる撮影会にうんざりし、すっかり嫌いになってしまいました。
スマホの電源を切っていていちいち立ち上げる気にならないこちらに対し「撮影しない人は本当に撮影しないですね。後で消せばいいのに」と言い放つこの人に愛想が尽きた次第。
なんで普通にしてるだけで罵られなきゃいけないのか意味不明。
落語自体が嫌いになったわけではないけど、不快感を味わいたくないので、もう聴かないと思います。