朝枝の会(下・春風亭朝枝「雛鍔」)

隠れ爆笑派の朝枝さんだけあって、客はよく笑う。
しばしば、私と笑いのツボが違うのでオヤと思う。
でも、変なところで笑う変な客が集結しているようには思えない。だからこそ、ズレに違和感。
ここにも春風亭朝枝の類まれな個性が表れていると見た。要は、既存の落語ファンを自分のフィールドに引き込んでしまうのだろう。
だから、私もこの人の会に通うと、たぶん同じところで笑うようになる。ひゃー。
こういう演者の、芯の強い個性がとても恐ろしい。

昨日の続き。
タバコ箪笥を背負った男が、タバコ好きの職人に無限にタバコを勧める「六郷のたばこ」。
最初のうちは職人も、全国津々浦々、たばこを当てていい気分。畑まで当てて褒められる。
このくだり、蘊蓄は入るが笑いはなく、延々続く。体感だが、5分ぐらい続いたのでは。
朝枝さんは、このしんどそうな噺を軽々持たせてしまう。
とはいえ、いいリズムで延々続く利きタバコのくだりに、ちょっとうとうとする。
するとタバコ箪笥の男、「まだ続くんですがあまり長くしますとお客さんが寝てしまいますから」。
まだ続く、というのは、蘊蓄のほうである。長く続く噺なので、利きタバコはやっぱり続く。

ちょっと遡って、職人が自慢の長キセルを吹かすシーンで、携帯が鳴った。
ちょうど朝枝さんは、一服吹かす描写。携帯がやっと止まってから、「鳴り終わるの待ってたんだ」。

タバコ好きの職人も、さすがに続けて利きタバコをすると、頭がクラクラしてきた。
しかし相手は手を緩めない。
こらたまらんとついに逃げ出し、六郷の渡し船に乗り込み、大師側の寺に逃げ込む。
男はしかし寺まで追ってくる。

急にスリルに満ちてきたのに、なんてことないサゲがついているのが、かえって噺の値打ちであろうか。
しかし珍品だからといって気軽に手を出すとケガしそう。
朝枝さんの腕を知るのに最適な一席でした。

仲入り休憩後、「先ほどの『六郷のたばこ』の後でみなさん誰もお帰りでないので嬉しく思います。それから嬉しいことがもうひとつありまして、『味のれん』が6席売れました」

小児は白き糸のごとしと振る。はて、佐々木政談でも持っているのかしらと。
ではなくて雛鍔だった。すでに、ミラクルワールドの予感。

この噺を一見本寸法として語る。
一見というか、それほど頻繁に出る噺ではないから、これが本寸法だと言われればそうかなと思うのだが。そのつもりで聴いても間違いなく楽しいし。
だが、誰もやらない工夫を入れる。本当に誰もやらないのか、なにせ聴いた雛鍔のサンプルが少ないから自信ないが、たぶん。
朝枝さん、おかみさんを、極めて強い女に設定していたのである。

息子の金坊の育ちが悪いことを、亭主である熊さんが母親のせいにしようものなら、食ってかかる女房。十分怖い。
熊の皮や加賀の千代あたりのかみさんを導入したのであろうか。
これにより、お店の旦那がやって来てからの、熊さんのモラハラシーンを大きく緩和することに成功している。
現代常識では、子育ての失敗を女房のせいにする亭主がもうダメ。ちゃんと熊さんのダメっぷりを描いている。

それから、熊さんに詫びを入れにくるお店の旦那であるが、旦那には旦那の正義があったらしいことが端的に描かれている。
「本当に急ぐのなら、出入りの熊さんを通じて職人を呼んでもらえばよかったのに、これだけのことだからいいだろうとつい呼んでしまった」のだ。
ちゃんと詫びてはいる旦那だが、客観的には熊さんのほうが短気過ぎたのではないか、そう描かれている。
旦那の大きさで感動する仕掛け。
ただ、意外と人情は感じない。でも、「力量がなくて描けない」という感じに一切映らないのが不思議。
そもそも、朝枝さんは人情を描こうとしていない気がする。あくまでも、「この親にしてこの子あり」を描く滑稽噺の骨格。

スカッと系の仕事を手掛けており、女性を想定したコミックエッセイ等を日ごろからよく読んでいる私から見ると、お客人の前で女房にいろいろ指図する亭主はクソである。
自分のかみさんに恥をかかせて平気なんだから。
しかし、最初にガツーンと女性上位を描き切っているので、熊さんは勝ちようがない。
といってかみさんに逆襲しようとしているわけではなく、客の前で本気でかみさんにちゃんとしたアドバイスをしなきゃと思っているらしいのだ。
熊さんのトンチキ振りを、噺の全編に渡って描いているらしい。
すぐに人まねするような子に育ててよかったと喜ぶアホ夫婦。

「こんなものひろった♪」の金坊も、見事手習い道具を手に入れたのだが、「不思議そうな顔をしている」という描写があった。
なんだかうまくいきすぎて戸惑ったらしい。
こんな、細かい仕掛けが実はたくさん散りばめられてある。

とにかくすごい3席でした。
8月のこの会には行かない。
大物はしっかり押さえておくが、今度はもうちょっと気楽に聴ける若手の会に行く。

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(2023/6/3追記)

本日NHKラジオの真打ち競演で掛かっていた橘家圓太郎師の「雛鍔」が、ほぼ同じでした。
ここが出どころでした。
ただし、朝枝さんのほうが、かみさんが強かったです。
それから圓太郎師は、出入りを復活させるために旦那の家に火を点けようと思ったと言っていた。
朝枝さんは、二三軒隣に火を点けてと言っていた。
ほぼ同じ噺を聴いたことで、かえって朝枝さんの工夫が見えてきた気がします。

 
 

作成者: でっち定吉

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