朝枝の会(上・隠れ爆笑派「春風亭朝枝」は令和の奇跡)

WBC決勝戦の日に巣鴨スタジオフォーで春風亭朝枝さんを聴いた。
その際もらったチラシを見て、この5月27日の会を予約した。
2か月も前に席取るのは、私には極めてレアなこと。
朝枝さんは将来の落語界を背負って立つホープだが、なぜか自分自身が大ファンという感覚はいまだに持っていない。芸術鑑賞に出向くようなイメージで赴く。

赤坂会館は初めて。都会の隠れ家。
前が座布団、後ろがパイプ椅子。コロナ前の広小路亭や日本橋方式だ。

開演前、番頭さんが後ろから声を掛ける。
この会はおかげさまで札止めですが、6月28日の「味のれん」が6名しか予約がありません。
味のれんはつまらない会です。聴いたからといってどうということはありません。
すぐ終わる会です。気が付くと終わってしまいます。
そんな会ですが朝枝さんも出るのでよかったらどうぞ。

珍品の噺を聴いたときに、頭の隅にいきなり演題が浮かんでくることがある。
それと同じように「オフィスエムズの加藤さん」というワードがいきなり浮かんできた。
後で朝枝さんが語っていたが、本当にこの番頭さんが加藤さんでした。以前兄弟子の一蔵さんが名前出してた。
味のれんは、市童・小はぜ・小もん・市寿と、朝枝さん。
落語協会の誇る二ツ目たちだが。

転失気
六郷のたばこ
(仲入り)
雛鍔

いやあ、1日使って先に書きますけども。
朝枝さんは何度か聴いて、その腕の高さに驚嘆していたが、独演会にやって来たのは初めて。
つくづく末恐ろしい人である。
夏目漱石が「三代目小さんと同時代に生まれて幸せだ」と述べたのと同じような感想を持ったっていいわけなのだが。
もうちょっとこの、背筋が凍る心持ちを味わったのだった。同時代にこんなすごい人に出くわして、果たしていいのだろうかという。
別に怪談噺が出たわけではない。あまりのレベルの高さに身がすくみ、そんな気持ちになったのです。

朝枝さんは、お客を気で制圧し、緊張感と快を与える人だと今まで認識していた。つまり小三治二世。
小三治の芸は好きじゃないから、そんな方面はちょっとなあと思いつつも、私も制圧されて気持ちよかったのでまあいいかと。
とにかく、小三治二世であることを前提に、評価していた。
だが正体は違う。
小三治みたいな手法も確かに持ってはいるが、それはこの人の一部に過ぎないのが今回よくわかった。
人間国宝よりも朝枝さんはスケールがでかく、もっと技を隠し持っている。
一席目の転失気でイメージが早くもガラっと変わったのだが、なんとこの人「隠れ爆笑派」。
笑いのスキルが実に豊富。それを知らずに評価していたわけだ。
爆笑派なのに世間からなぜそのイメージで見られていないか。それは朝枝さんが、爆笑滑稽噺を、本寸法の風呂敷でくるんで演じているから。
風呂敷で包むのは、いわば「爆笑派じゃありません」という約束ごと。
たまに風呂敷の間から、爆笑が漏れ出してくるので、それは大いに楽しんでください、そんなイメージ。
くるむ必要なんかある? いや、この手法が功を奏して、世間から高い評価を受けていられるのだと思う。
実益もある。約束事で1枚くるむことで、客が疲れなくなるのである。
爆笑にあおられ息も絶え絶えになると、満足とともに反作用で激しく疲れます。

朝枝さんは、ハイレベルの笑いのスキルを持っていながら、風呂敷により表面的な笑いの数値を意図的に下げている。
しかし、噺のパワーは包むことで増している。すべてをコントロールしつつ、それでもなお予想外の笑いが時に漏れたりなんかして。
場を完全に掌握し、客を望むまま転がす男。
こんな恐ろしい若手が、かつて存在したであろうか?

この会のチケットを取ったあと、同時間帯に行きたい会があるのを後で知った。
赤羽岩淵のお寺でもって、「花いち・志ん松・遊京」の会。
この人たちなら、とても気楽に聴け、気楽に満足して帰ってこれる。
朝枝さんはそういうのではない。心身にズシリ来る。
純然たる好みだったら、気楽なほうに行ってしまいがちかもしれない。

マイルス・デイヴィスは天才だが、リー・モーガンのほうが普段聴きではいいやみたいな。チェット・ベイカーでもいいです。
落語もジャズも、普段聴きのアーティストを増やしていくほうが、耳を鍛えるにはきっといい。
でも、同世代の絶対王者については、知っておかないわけにはいかない。

でっち定吉は、いくらなんでも春風亭朝枝を高く評価しすぎでは?
そう思う人に、再反論をぶつける気はない。一言でもって安心させてあげよう。
「天才と言われていても、将来は小朝かもしれないしね」

小朝師をdisるわけではない。でも抜擢の頃は、この程度で収まるとは誰も思ってなかったでしょ、きっと。
30年後まではさすがにわからない。
いずれにせよ、朝枝さんの真打抜擢は、可能性じゃなくて既成事実だと睨んでますが。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

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1件のコメント

  1. 「でっち定吉が赤坂会館に初めて登場が意外」とコメントいただきましたがNGワードに引っ掛かったようで削除されております。すみません。
    でっち定吉も大したことないんですよ。行ったことないところだらけです。
    寄席が多いですから。

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