柳家小せん「夢八」@江戸東京博物館(下)

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本編に入る直前は、噺家のよく見る夢について。楽屋で訊くと、みななにかしら見るらしい。
出囃子が鳴っているのに、高座に上がろうとしてなかなか出られない夢。
出られない原因は、足袋が履けなかったり、帯が巻けなかったり。
帯なんてものは2~3回巻けば締まるものだが、これが何度やっても巻き付かないという、そんな夢を見る人もいるそうな。

夢ばかり見ていて仕事に行けない八兵衛さん。
夢の中で寝る夢を見る。その夢の内容は、寝ること。
夢の中で夢を見る夢を見る八兵衛。
さらに夢がどんどん入れ子になっていく。なので起きる際は、夢の中で見る夢の中で見る夢の・・・夢から目覚めた夢を見て、これから目覚めて・・・とやるのでくたびれて仕方ない。
その夢を見なくなったと思ったら、今度は夢の中で伊勢参りをしている。ひたすら歩くだけ。
夢の中でも宿泊したりしているはずだが、それはどうやら八兵衛が起きているときに済ませているらしい。夢の中ではひたすら歩くのでくたびれて仕方ない。
この夢はサゲの仕込みになる。
仕事もできず、収入もないので腹も減っている八兵衛に、一晩のアルバイトをさせる隠居。食事つき。

小せん師の芸はきっちりしている。
きっちりしている一方で、とても緩い感じがあるのが師の魅力。
落語の世界観に、決してマジで迫っていくことがない。
首吊り男の検視を待つため、一晩寝ずの番で一緒に過ごさなければならない八兵衛。しかも、いい加減な情報しか事前に教えてもらえない。
結構グロい設定なのだが、小せん師が語ると、噺にいい具合にクッションが挟まって、楽しさだけが伝わってくる。
それどころか、小せん師の最大の個性である、優しさすら伝わってくるではないか。ひどい噺なのに。

一晩寝ないように、薪ざっぽうで床を叩けと言われる八兵衛。
床を叩くリズム感は、さすが絶対音感の持ち主という小せん師。グルーヴ感も感じる。

当然だが、この珍しい噺を知っている客は少ないようだ。
だが、情報が徐々に小出しにされていく中、八兵衛が一体なんの仕事を引き受けさせられているのかがわかってくる。
気づかない八兵衛を、情報を得た(でも確信まではしていない)客が笑う格好になる。
八兵衛、いわば騙されているのだから、客からの感情はいろいろ起こり得るところ。
「だまされやがってバカなヤツ」でも、「かわいそう」でもなんでもいい。
だが、小せん師が語ると、そういった噺の妨げになりかねない感情は綺麗にカットされ、手品のように楽しさだけ伝わってくるのである。
誰がやってもウケる種類の噺でないのは確かだろう。

この噺、CDなどの音源でもいいけど、目で観る高座は実に素晴らしい。
いい噺が聴けて本当に良かった。
手拭いで、吊るされているむしろを表現する。むしろが落ちた後は、手拭いは首吊りの縄に早変わりする。
いたずら老描の仕業で、喋り出す首吊り男。
首吊り男のセリフは、すべて首に縄が巻き付いた、ひどい顔で発せられる。

そして伊勢音頭。歌が入っているところが、師がこのレアな噺を覚えようと思うポイントなのではなかろうか?
小せん師は、野ざらしのサイサイ節などを実にいい声で聴かせる人。

わずか一席だが、この日もまた、この上ない満足の高座。
息子も喜んでおりました。

作成者: でっち定吉

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