寄席芸人伝13「大食い大遊」

久々に「寄席芸人伝」を取りあげます。
林家たい平師も、素人時代に愛読していたそうである。噺家がふだん気づかないところを意外と気づかせてくれる書だそうだ。
ただ、「楽屋からそっと高座を覗いて、『あいつ近頃うまくなったねえ』なんてのは、実際に寄席に入ってみたら全然なくて、師匠方はジャイアンツとゴルフの話ばかりで、誰もひとの高座なんか観てなかった」と。「落語ファン倶楽部」Vol.21より。
芸協の若手真打、春風亭柏枝師も、「寄席芸人伝」に憧れて噺家を志したそうである。それで上京したとき、まず吉原に行ってみたのだとか。
最近、三遊亭竜楽師の「阿武松」を聴いたのだ。念のためですが、「おうのまつ」です。で、「寄席芸人伝」のエピソードをひとつ思い出した。
第1巻から<第13話 大食い大遊>。
「阿武松」を下敷きにしたストーリー。
「寄席芸人伝」がすごいのは、下敷きにした落語の演目については作中でほぼ説明しないのである。
以前紹介したが、「ぼんぼん唄」なんてマイナーな噺を、説明なく下敷きにしていることがあって侮れません。
「阿武松」だって、そこまでマイナーな噺ではないけれど、よく掛かるというほどでもない。だから漫画も奥が深い。何度でも楽しめる。

相撲を破門になって大川に身を投げようとした元力士が、蕎麦屋に助けられる。
元力士の大食い振りに驚く蕎麦屋。唐突なのだが「落語に入門してみねえか」。
噺家になった元力士「三遊亭大遊」、特に噺が上手いわけではないが、ものを食う仕草だけはやたらに上手い。本当に旨そうに食べるので。
「蛇含草」を掛けると、寄席の客が売り子に「餅はねえか」。「明烏」をやれば甘納豆が売り切れ。大遊が「時そば」や「そば清」をやると、表で待っている恩人の蕎麦屋が大盛況。飛ぶように売れて、見事恩返しができた。
しまいには、屋台の蕎麦屋から、店を構えるようにまでなる。大遊のほうも、ものを食う落語を武器に、真打昇進間近。
本当に、相撲から落語に行ったのは三遊亭歌武蔵師だが、「寄席芸人伝」のエピソードのほうが先だと思う。フィクションというものは、しばしば現実を先んじてしまうのである。
「ものを食う落語」は結構あるのだと、蕎麦屋に語る大遊。
他にも「うどん屋」「目黒のさんま」「二番煎じ」など。あとの二つなどは、確かに「食欲」をテーマにした噺だと思う。
私もそう思って以前、「二番煎じ」を食欲増進落語だというテーマで取り上げてみた。
「阿武松」にも、「男と生まれたからには三道楽煩悩どれかにハマるもんだが、お前さんは好きなものはないのかい」という親方のセリフがある。阿武松は、「わしは食うことが好き」と答えるのだが、食欲というものも、飲む打つ買うに匹敵する道楽になるものだ。もっと、食欲増進落語もあるといいですね。
「仕草の上手い噺家に、噺の上手い奴はいない」なんてこともいう。
だが、小手先の仕草ではなくて、「本当に旨そうに食べる」技術なら、聴き手の本能をダイレクトに刺激し、噺を活かしてくれるものだと思う。柳家の「話す人物の了見になれ」という教えと同様だろう。

作成者: でっち定吉

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