落語大会不正問題

【春風亭昇太も困惑する愛弟子・昇吉の「八百長疑惑」】

Web上に出ていたニュース。
3月の事件である。なんで今ごろ報道されるのだろうか。全然知らなかった。
「八百長」とは、また穏やかではないですな。他の噺家から優勝を買ったわけではないから「八百長」は適当な言葉ではない気がするが。
記事中に名前の出ている、立川談四楼師、三遊亭ときん師のツイッターを探してみたら、もう削除されている。
ポストの記事がなければ、世間からは忘れ去られていたのだろうか。

真相を明らかにはできない。落語自体、聴いてるわけではないし。
「組織票」などというものが本当に存在したのかどうかはわからない。
予選を突破した春風亭昇吉さんのファンが大挙して集まったのだとして、それをもって「不正」とはいえない。
ともかく、昇吉さんの本選出場決定後に、チケットが売り切れた。組織票を発揮しようとした人がいたならば、絶好のタイミング。
特定の噺家に票を入れるためにコンクールのチケットを買った人がたくさんいたのだろうか?
そんなことが可能なのかと思う一方、会場に詰め掛けた人の5分の1が関係者であっただけで、票をいじることはできると思う。

しかしなあ。いい悪い、正当不正を論じる前に、またなんとも野暮な話ですな。
荒川静香さんが金メダルを取ったとき、時の文部科学大臣が「スルツカヤが転んで思わずガッツポーズをした」と発言した。それについて、多くの、特にフィギュアのファンがその態度を非難した。
私は、この非難についていたく感動したものだ。日本人は素晴らしいなと思った。
誰かを応援しながら観ていても、ちゃんとすばらしい演技は評価する。そういうものの見方をするのは可能である。
この大臣と同じ種類の野暮天が集まって、特定の噺家に投票したのだろうか。

昇太一門は、今や昇々、昇也、昇羊といった、類まれなる資質の二ツ目さんを次々輩出している名門である。私も好意を持っている。
その中で、昇吉さんというのは少々パッとしない感はある。
もちろん、NHKの落語大賞本選にも出場していたし、有望な若手の区切りには入るのだろう。今回の件も、予選突破自体が不正と言われているわけではない。
だが、この人のウリはもっぱら「東大卒」にある。他にはあるのだろうか。

私は、落語という芸にはインテリジェンスが欠かせないと思っている。
「偏差値が高ければそれだけ落語に向いている」とまでは思わない。
だが、「基礎教養に欠けている噺家さんは頑張っても売れない」という法則のほうは、おおむね事実だと思っている。私が作った法則だけど。
落語についてインテリジェンスをかぎ取る能力に欠けていて、「お笑い」だと錯覚して落語をやっている人は、まず売れない。客との間に、インテリジェンスの共同幻想を描けないから。
そういう枠組みの中では、笑福亭たまさんみたいに京大卒であるとか、昇吉さんのような東大卒、どんどん増えていっていいのではないかと思う。

だけど、昇吉さんに関しては、この「東大卒」という肩書、かなりうさん臭い。
岡山大学を卒業したのちに、23歳で東大に入り直したという人に、世間の「東大卒」のイメージは当てはまるであろうか?
激戦の東大入試を突破したから感心されるのだろう。たとえ卒業しなくたって十分感心される。
私の記憶では、昇吉さんは岡山大から東大に「編入」したのだと思っていた。今のWikipediaの記載では、「卒業後東大に入学した」になっている。まあ、それでも3年次への編入だろうけど。
いずれにしても学歴を高いほうに書き換えるのを「学歴ロンダリング」、略して「学歴ロンダ」などというが、まさにこれに該当するだろう。
大学院に行くのではなくて、「大学」に入り直して卒業する。少々変だが、個人の自由。別にこれ自体非難される行為というわけではない。
でも、現に東大卒をアピールしている昇吉。肩書を求めて正々堂々浪人する人に対し、恥ずかしい気持ちはないのだろうか。
現実に、なんとか手に入れた「東大」というブランドイメージを唯一のセールスポイントにしている態度は、今回さがみはらの地で起こったこととダブって見えるのだが。

まあ、残念だけど、大した真打にはなれまいな。
本当に素質があるなら、さがみはらの冠など、さして重要ではないので。

***

「さがみはら若手落語家選手権」という老舗の大会で、「八百長」があったのではというニュース。
一般人に分かりやすく「笑点でおなじみ春風亭昇太の弟子」という報道にしている点なども含めて、ごくごく冷静に考えれば、決して大騒ぎするようなニュースではない。ほどなく沈静化することでしょう。
といってこのブログで、報道に火をつけて、永続的にひとりの噺家を貶めようということではない。
落語好きとして、今回の件には、ずいぶんと考えさせられるのである。

春風亭昇吉さんの学歴ロンダリングについては、決して愉快に思わない。
東大に学士入学したこと自体は別に不愉快ではない。それがたとえ、「東大卒」の学歴を入手するためだったとしてもだ。
だが、それを噺家のセールスポイントとして前面に押し出していて、しかしながら他にはないということだと、愉快ではない。
気象予報士も取ったらしく、これも売り物にしようとしているのだろう。うまくいっているとも思えないが。

だがそもそも、そうした売り出し方は悪いことだろうか。
ここには明らかに、師匠・昇太の教えがある。「売れなきゃダメだよ」という。
昇太師は、この教えを師匠・柳昇から引き継いでいる。
落語は商売であり、売れないと意味がないという大変分かりやすい教え。昇太師、最近やたらTVに出ているようだが、この教えを体現しているのだろう。

でも、柳昇も昇太師も、そうやってマスコミを上手に渡り歩いてきて、結果としてちゃんと落語で売れている。
昇吉さんについて、ワタナベエンターテインメントに所属して、TVの世界でクイズ番組に出たりするのも立派な仕事だ。東大卒を売りものに、仕事するのが悪いはずはない。
だが、この先本業で売れるかというと、かなり微妙だろうなあ。
本業で売れなくてもいいか。というと、そうもいかない。
「東大卒の噺家」だから、TVに出してもらえる。たとえ「噺家」の部分がまだパッとしなくても、今のところはTVの視聴者には関係ない。
でも真打昇進後、いつまでもパッとしない「東大卒」だけが売り物の噺家になってしまったときに、そういつまでも需要があるとは思えない。TVタレントとして抜群の才能があれば別だけど。

してみると、二ツ目時代に落語の賞を獲っていることは、これから先の噺家人生において結構重要なのだ。
それがあれば、「本業の落語のほうでも活躍している東大卒タレント」として生きていけるかもしれない。

今回の事件のソースはほとんど残っていないが、2ちゃんねるのスレッドに多少書かれていた。
「昇吉が優勝したのは動員力というより、最後に上がって師匠ネタのマクラを振り、地元のジジババの支持を得たからだ」と書かれているものがあった。観た人の書き込みなんでしょう。
フォローしているようでそうなっていないところがすごい。
落語の大会において、笑点でおなじみの師匠ネタでウケを取る。あー、これは不正行為よりもなお野暮かもしれない。
以前も書いたが、笑点ネタというのはウケるけども、落語本体のインテリジェンスをどんどん損なうのである。
インテリジェンスで勝負すべき人が、もっとも知性とかけ離れたネタでもって優勝してしまったのであろうか。

なりふり構わず二ツ目時代の勲章を狙いにいくのが昇吉さんの必然的テーマだとして、その意味では成功したのかもしれない。その後の報道は予想外にしても。
だが、落語の上手さで勝負する場でこれをやってしまったら、まわりの噺家にはそれは嫌がられるだろうなあ。
立川談四楼師や三遊亭ときん師のツイッターにも、背景には噺家・春風亭昇吉の評判があるのだろう。
評判のいい人のことは誰も叩いたりしない。

噺家さんの世界、ひとりでやる仕事だからまわりなんて関係ないと思っていると、さにあらず。
当ブログでもたびたび紹介しているが、寄席というところ、それはそれは見事な集団芸を魅せる場なのである。
春風亭小朝師のように、寄席の世界と無関係に生きている人もいる。プロデュース業もあるし。
小朝師は、華々しく抜擢、つまり寄席のルールの中から飛び出してきたのに、その世界をほぼ捨ててしまった。
だが、仲間のいない小朝師、寄席外でのプロデュース活動にも、ここにきて大きくブレーキが掛かっているようだ。
小朝師くらいの大物なら、まあいい。昇吉さん程度の人が、噺家の世界で評判が悪かったら、今後どうやって生きていくのだろうか。
このあたりについては、昇太師の兄弟子、昔昔亭桃太郎師のブログがとても参考になります。

(2021/3/5追記)

いよいよ真打昇進の昇吉さんについての記事が出ていた。

初の「東大卒」真打、春風亭昇吉が語る「東大生に最も向かない職業」をなぜ選んだのか

この記事によると、昇吉さんは岡山大学は卒業しておらず、仮面浪人してちゃんと正当なルートで東大に入ったということである。Wikipediaの記事は誤りということだ。
ならば少なくとも、「東大卒がうさん臭い」という評価は失礼ということになります。
昇吉さんにお詫びして訂正します。
ところで、この記事のインタビューも随分失礼ですね。フラが足りないとか。
でも、悪いけどそれもわかる。

作成者: でっち定吉

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