襲名のプレッシャー(上)

春風亭正太郎さんが、2021年3月の真打昇進時に九代目春風亭柳枝を継ぐというニュース。
非常に大きな名前なので、プレッシャーになっても不思議はない。
とはいうものの、なにしろ八代目が亡くなったのは1959年。ずいぶん間が空いている。
八代目の音源は残っているにしても、リアルに芸を知っている人はほとんどいない。
「先代と比べられる」という意味でのプレッシャーはほとんどないのではないか。
正太郎さんが柳枝になってもしばらくは、Web検索で出てくる情報はなお、先代のほうが多いかもしれない。だが、いずれ逆転するだろう。

今回は、襲名のプレッシャーについて考えてみます。
名前の大きさといっても千差万別。

  • 先代が没してから何年になるか
  • 先代と芸の方向性が近いか遠いか
  • 先代の人気がどの程度であったか
  • 何代目か
  • 血縁で継ぐ場合はやや甘く見てもらえる

などの要素により、どれだけ重い名前かが決まる。
代数は、多ければ多いだけプレッシャーになるはず。
そして、重ければ重いほど、継ぐ人の実力と人気が厳しく吟味されることになる。
血縁で継ぐのも、最近は普通。
これに文句を言う人もいるが、名前なんて通常遺族が持っているもの。遺族が噺家である場合、継ぐのは非常に自然。

先代の名前がいまだに大きくて気の毒なのが、古今亭今輔師。師は先代の曾孫弟子であり、ずいぶん間が空いているから本来プレッシャーは薄いはず。
だがご本人もマクラでいつもボヤいているとおり、いまだに検索すると先代の情報が圧倒的に多い。1976年に亡くなっていて、すでに40年以上経つのに。
当代の襲名自体、2008年だから、継いでもう一回りしている。
名跡が空位だった年数は32年ということになる。そこそこ長かった。
不思議なことに、先代今輔、決していまだに落語界に直接的な影響を与え続けているような存在ではないのだ。あくまでも落語の歴史を振り返った際に、新作落語の一時期のパイオニアとして名前が挙がるという人である。
リアルな今輔が、幻影の今輔に情報量で負けているのはなんとも。
当代今輔師、寄席のトリも多いし、落語界においてしっかり評価されている人なのにな、とやや残念に思う。マニアから初心者まで喜ばせられる噺家である。

プレッシャーがあっておかしくなかった状況で、すんなり新たな名前を自分のものにしたのが、師匠逝去後間を置かずに襲名した三遊亭圓歌師(2019年)。
「中沢家の人々」「山のアナ」の先代は非常に大きな存在だったというのに、あまりにもスムーズな引継ぎ。それゆえにちょっと珍しい例かもしれない。
師匠が亡くなったのは2017年だから、2年しか経っていない。
本当は今年、2020年に継ぐはずだったが、盛り上げたいという協会の意向もあり、前倒しにしたのだという。鈴本の配信インタビューでのコメントより。
実力が先代に比していて、そして個性が違うという点がいいのだろう。師匠の劣化コピーだと言われる心配がない。
襲名の理想形態だと思う。
Webで検索すると、情報はまだ先代のほうが多いが、当代も負けていない。

それから笑福亭松喬師(2017年)。これも師匠である先代が2013年に没し、間が空いていない。
先代松喬も偉大な人だったと思うのだが、実にスムーズに名前を自分のものにしている当代。

桂春團治も、師匠が2016年に亡くなり、2年後の2018年に当代が誕生している。元春之輔。
春團治の名は、なかなか重そうだが仕方ない。

検索してみると、松喬はおおむね当代の情報に代わっている。先代のCDが多いのにさすが。
春團治は、先代のほうがまだ多い。

ちなみに、先代の名を継ぐまで、さすがに最低でも2年は必要である。襲名は三回忌が済んでから。
もっとも八代目林家正蔵(彦六の正蔵)は、七代目(初代林家三平の父)没後、半年で継いでいる。
小さんの名を後輩に取られてしまい、半ば強引に借り受けてきたのだという。
これが例の林家九蔵問題の遠因にもなっている。

続きます。

 

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作成者: でっち定吉

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