東京都水道歴史館の古今亭駒次

先週行った国立演芸場定席の模様を、昨日まで6日間に渡って書き連ねていた。
書き起こしていると、寄席の模様が再度脳裏に再現されて、二度楽しい。
さらに、書く行為によって次々といろいろ細かいことも思い出す。いつもメモは一切取っていないが、アウトプットをすることでインプットの量が自然と増えるのである。
毎日落語のブログを書くのは、私にとってとても楽しいこと。書くことがあるうちは、落語を聴きにいかなくてもいいような精神状態になっている。
落語を聴きには行きたいが、あんまりお金は使いたくない。現在、ちょうどいいバランスを保っている。

そんな私にありがたいのが無料の落語会。昨年は5回も無料の会に行っている。
昨秋にも昔昔亭A太郎さんを聴きに訪れた東京都水道歴史館(御茶ノ水)で、また三連休の間、毎日無料の落語がある。
最終日は古今亭駒次さん。
決して近所でもないが、わずか1時間の落語のために出掛けていく。

今日は暇にしている息子がついてきた。こやつはテツで、柳家小ゑん師とともに駒次さんの鉄道落語が大好き。
この回、整理券配布が午後1時で、会の開始が2時半。実際には2時頃集合しなければならない。
時間が中途半端だ。だからと言って、本番間際に行って入れないのも馬鹿らしい。1時前に行って並ぶ。
博物館としての展示は決して悪くないので、整理券をもらってから、腰を据えて見ることにする。
落語ファンと江戸時代の暮らしは大変親和性が高いし、展示の質も悪くはない。
息子は結構夢中になって眺めていて、すぐに2時になった。
入場後、始まるまでが長い。しばし熟睡。
席は満員。整理券を求めていないと入れないところであった。

駒次さんは、仕事のない真打たちを尻目に、大変多忙な二ツ目さん。今秋ようやく真打昇進である。
昨年は、池袋新作まつりのクイツキ、神田連雀亭、西葛西のイオン寄席(これも無料)などで聴いた。
スタンダードな新作落語(私にとって)を聴かせてくれる噺家さん。ぶっ飛んだ設定と、その設定の中でのリアリティこそが、スタンダードな新作である。
ぶっ飛んだ設定でも、しっかりと落語なので、年寄りにも受けるのである。
マニアックな鉄道ネタ以外にも、多数の噺をお持ちである。

先日、師匠(古今亭志ん駒)を失くしたばかり。昨年の昇進だったら間に合ったのに。昨年昇進組はみな同期なので、昨年でも構わなかったようなものではあるが、毎年真打を作ろうとすると、いろいろ協会にも都合があるのだ。

この無料の会は三連休中毎日やっているわけだが、整理券システムがしんどいので、全部来たいとはさすがに思わない。
席に着いてからも随分待たされたが、ようやく駒次さん登場。無料の会で文句を言ってはいけませんね。

鉄道戦国絵巻

「いやー、私も東京都水道館、初めて寄せていただいたんですが、世の中にこれだけ水道の歴史を知りたい人がいるとは思いませんでした」とつかみバッチリの駒次さん。
「みなさん昼間から来ていていいんですか。オリンピック見なくていいんですか」。
客のハートを掴むスピードが大変速い。客に合わせるというより、客の気持ちをすくいあげて自分のペースに乗せてしまう。
先日亡くなった師匠・志ん駒絡みのマクラも振る。いつものマクラとはいえ、師匠没後も使い続けることで違うものが浮かび上がってくる。
「見たことのないハンバーガー食わしてやる」というので期待して付いていったらロッテリアだったという。志ん駒師、「大戸屋」でもこれをやったらしい。
志ん駒師、私は最後に高座でお見かけしたのはいつだろう。漫談の最後に前座さんを呼んで座らせ、「姉ちゃん名前何てんだい」「三遊亭歌る美と申します」「焼肉みてえな名前だなあ」なんてやり取りをしてたのがやたらおかしかった。
この前座さんは今、三遊亭美るくという二ツ目さん。

駒次さん、懐から紙を出しいつもの学校寄席の感想文ネタ。場所は「市川の小学校」だった。
客席がばっちりあったまったところで、お子さんからリクエストがあったのでという「鉄道戦国絵巻」。落語ファンではない年寄り中心の客席で、まさかと思った。
事前に予想していたのは、皇室ネタの「お世継狂想曲」や、陰口大好きおばさんたちの噺「ガールトーク」などである。
数ある師の新作の中で、鉄道戦国絵巻はもっとも設定のぶっ飛んだ噺である。
何度聴いても面白い。また、客の反応もかなり面白いのである。特に、東急沿線にあまり縁のなさそうな客が、「戸越銀座」「蒲田」などのキーワードに結構よく反応している。
登場人物は、みな「路線」である。いきなり東急東横線が東急から離脱し、JR側に寝返る場面からスタート。電車ではなくて、「東急田園都市線」などの各路線が闘いを繰り広げる噺。こんな不思議な世界だが、平均年齢高めの客は結構平気でついていく。なかなかいいお客さん。
兄弟で敵味方に分かれ、東急側に付く助っ人西武新宿線が、兄の池袋線に「レッド・アロー」で討ち取られる。このセリフ、ウケなくても演者としてどうしても言いたいらしいのだけど、結構ウケていた。
昨年の池袋、新作まつりでもこの噺は聴いたが、今回聴いたものは結末が変わっている。
古い結末に関係するTGVは偽物。そして新幹線「ひかりの君」以外に、新たな登場人物「リニア大王」が加わっていた。
どうみてもこれがサゲ、というセリフがあり、多くの客が手を叩く。私も叩いてしまった。まだ続きがあるのだが、駒次さんまったく焦らずにその先を進め、落ち着いてエンディング。
あっという間の30分。長講である。

公園のひかり号

この会は、ひとりの演者が続けて一時間喋る。そのまま、またしてもすんなりと次の噺のマクラに。
実に自然体。いい形だなあ。
話し終わったばかりの鉄道戦国絵巻について、鈴本で楽屋を訪ねてきたファンから叱られた話をする。「君はそんなこともわからないのか。電車は喋らないんだよ」。
そして、「せっかくですからもうひとつ鉄道ネタを」。なんてことだ。ウケたから行けると踏んだんだろう。

「新作落語傑作読本」(新刊本は品切れが多いのでお早めに)で読んだことだけある「公園のひかり号」。聴くのは初めてだ。
公園に置かれた、引退した新幹線0系で、車掌の制服を着て車掌ごっこ(としか思えない)をしている老人がいる。
客の誰もが「あるある」と思う、新幹線のアナウンスネタを挟んで物語が進行する。
あの人と遊んじゃダメよと後ろ指を指される老人と、転校してきたばかりで友達のいない小学生の男の子との交流を描いた物語。
もちろん爆笑を呼ぶ噺なのだが、実は人情噺なのである。
新幹線の車掌として誇りを持って生きてきた老人と、その奥さんとの夫婦愛までしっかり描かれている。
最後ちょっと涙ぐんでしまった。自分の仕事に誇りを持って生きてきたお年寄りにも、こみあげるものがあるのではないだろうか。
亡くなった師匠を見送る気持ちも含まれているのか。
落ち目のフジテレビなのが何だが、「世にも奇妙な物語」でドラマ化されて不思議のない見事な内容。主演は鉄道ものまねの立川真司さんで。

質問コーナー

あと10分残して二席終了。もう一席やるには中途半端。だが駒次さん、慌てず騒がず「質問コーナー」を始め、客から質問を受け付け、回答する。
よくやる新作落語は20席ほどだと。まあ、私のイメージもそういう感じ。
落語家になろうと思ったきっかけも、質問にプラスアルファして、師匠との出会いまでたっぷり語ってくれる。
末広亭の建物を覗きにいき、そこで円歌、圓菊、川柳などの師匠を聴いて衝撃を受けたと。しかもお客がつ離れしていない不思議な空間だった。それで寄席に通うようになり、浅草で師匠と逢った。

駒次さんは秋に真打昇進だが、改名の有無についてもまだなにも決まっていないとのことである。もしかすると志ん駒襲名もあるのではないかと思ったが。
だが、手ぬぐい作ったりしなければならないので、今なにも決まっていないということは、駒次のままだろうか。
「駒」は古今亭ではなく、金原亭由来のいい字である。
師匠を喪った現在の状態についても、本来別の師匠に付かねばならないものの、なにも決まってはいないそうだ。
ただ常識的に言って、古今亭の師匠の下に入るべきものだと言う駒次さん。鉄道つながりで柳家小ゑん師匠の門下に入るとすると、ふざけてるのかと言われるはずだと。入りたいのかな。
もっとも古今亭の師匠といっても、志ん橋師は預かり弟子を三人ようやく真打にしたところで考えづらい。八朝師は確か一門を離れていたはずで、そうすると、あとは志ん輔、才賀といった師匠くらいしかいない。圓菊一門だと、金原亭よりむしろ関係が遠くなるし。
桂才賀師は志ん駒師と同じ海上自衛隊出身だから、志ん輔師よりはまだピンとくる。亭号を桂にしなきゃいけないこともあるまい。あくまでも私の想像です。
こういう席では必ずするのか、最後に三本締め。
ともかく駒次さん、噺家としての姿勢がすばらしい人。
ますますファン度が高まりました。真打の披露目は当然行きます。できれば複数回。

作成者: でっち定吉

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