国立演芸場3(三遊亭小遊三「提灯屋」)

昇市  / 鈴ヶ森
遊かり / やかん
ナイツ
遊馬  / 金明竹
山上兄弟
蝠丸  / 高尾
(仲入り)
遊雀  / 熊の皮
小文治 / 長屋の花見
味千代
小遊三 / 提灯屋

今年はあまり落語に行っていない。両国と、池上の銭湯だけ。
昨年と変わらないペースですけど。
もっとも、安い席を中心に、出かけるプランニングだけはやたらとしている。ほとんど断念しているのです。子供が熱出したり、雪が降ったり。単に面倒になったり。
次々といい席は巡ってくるので、そんなに気にはしない。

火曜日は珍しく、国立演芸場の芸協の芝居に行ってきました。
当日午前中まで、三遊亭竜楽師(主任ではない)の出る、円楽党の亀戸梅屋敷寄席と、どちらに行くべきか迷っていた。
だが、芸協の寄席にも、たまには行かないとなんだか申しわけない。なんで申しわけなく思う必要があるのか自分でもわからないけど、思うのだから仕方ない。
その、国立上席の主任は三遊亭小遊三師。
もう何年も前に、やはり国立定席で聴いて以来だ。その芝居が、哀しいことに私の記憶するワースト内容の寄席である。
主任の小遊三師がどうというより、その芝居の顔付けがよくなかった。まあ、みな小遊三一門だけど。
そうはいっても、小遊三師匠は大好きな噺家さん。そろそろ当時のトラウマを払拭したいものです。
今回は、遊雀(日向ひまわり先生の代演)、遊馬、それにナイツまで顔付けされて、国立にしては豪華な顔付け。おまけに、仲入り前は昨年大ファンになった柳家蝠丸師。
特に代演の遊雀師が決め手になって、国立へ。
国立演芸場の定席も、東京かわら版で200円引きとなる。平日でも、さすが笑点の人気の師匠。席が結構埋まっていて少々気になっていた。
でも、Webで予約すると定価の2,100円。200円のために予約しないで現地へ。幸い、後ろのほうの席が取れました。

冒頭から。
前座は春風亭昇市さん。昇太師匠の弟子。
泥棒のマクラを丁寧に振る。「くせーもの」「におうか」で爆笑が起きてちょっとびっくり。
初心者の客が多いのだ。「笑点の小遊三さんを観たい」という人が多いのは当然だろうけど。ただ行儀もいいし、悪いお客さんたちじゃなかったと思う。

昇市さんは「鈴ヶ森」。
昨日まで当ブログ、前座噺についてつらつら書いていた。
落語協会の寄席では、前座は鈴ヶ森はやらない(と思う)。だが、協会が異なると前座噺も変わってくる。こういうこともあるから、同じ団体の寄席ばかり行っているのはよくないと思うのだ。
改めて思ったが、鈴ヶ森というのは、いかにもな前座噺であるな。
さて昇市さん、なんだかフラっぽいものがあってかなり好ましく聴けた。一之輔師がメジャーな噺にしてしまった鈴ヶ森、独自の工夫が目立つなんてことはないが、楽しい語り口。
前座さんが自分をむき出しにして喋るのではなく、ワンクッション挟んだ、別のキャラが落語を語っている感じ。終始冗談めいた雰囲気が高座に漂い、聴き手はリラックスして楽しめる。
いやいや、有望な若手ですね。

三遊亭遊かり「やかん」

続いて遊雀師の唯一の弟子、女流二ツ目の三遊亭遊かりさん。
先に出た、前座の修業仲間だという昇市さんを引き合いに、日給千円の前座残酷物語をマクラに。
二ツ目は、羽織も着られるしいい身分。ただし仕事があれば。
先月は7日連続の大型連休が2回ありましたと。まあ、二ツ目ならそんなもんでしょ。
芸協の前座、一年ごとに日給が1,000円→1,200円→1,500円→1,800円と上がるのだと、こんなリアル情報は初耳。
扇子を突き刺して、キメポーズを取るのは師匠譲りだ。妙なところ真似る弟子だな。
ただし、師匠にない所作は、体をくねること。昇々さんなんかもやるけど、これで客席との間合いを測ってるんじゃないかと思う。
楽しい「やかん」であった。客席の様子を見ながら進めないと、多分できない噺。
やかんも前座噺に分類されるけど、鈴ヶ森よりずっと難しいと思う。
やかんの八五郎は、先生と一見対立しているわけだが、実は共同して仲良くネタを盛り上げている。そういう楽しいムードが出ているのがいい。女流の噺家さんには結構向いてる噺じゃないだろうか。
遊かりさんも先々楽しみです。

ナイツ

それからナイツ。この人たちも小遊三一門なので顔付けされている。
よく考えたら、寄席でちゃんとナイツを聴くのは初めてだ。
ずいぶん昔、「ヤホー」が一世を風靡していた頃、彼らが顔付けされた池袋・芸協の芝居に行った。土屋さんが寄席に来ずに穴を開けてしまい、塙さんと柳亭楽輔師匠が即興コンビを組んで舞台に立ったという不思議なものを観ただけだ。
そのまま夜席のしょっぱなを見続けていたら、土屋さんが座布団返しに出てきて客に土下座していた。
穴開けちゃいけないが、何が起こるか分からないのが寄席という魔宮。

売れっ子のナイツ、そのギャグはほぼすべて知っている。忙しいだろうに常に細かく差し替えているのが立派だが、それでもなお知っている。
「浅草お茶の間寄席」などで視る寄席ネタだけでなく、TV用のかなり練り込んだネタもだ。
だが、寄席の緩い雰囲気の中ライブで聴くと、先刻知っているネタがとても楽しく聴こえてくる。まさに寄席漫才ミラクル。
ネタも予定調和的に繰り出されるわけではないから、飽きてしまうことなどない。予定調和の高座にしないというのは、寄席の漫才師ならみな考えていることだ。
だからスムーズなツッコミにも、隠れたドラマがある。
個性豊かな色物さんを楽しむという点でも、芸協の寄席には来るべきだと改めて思う。
今日は代演でいないが、講談も充実しているし。これで、噺家さんがもっと充実していたら言うことないのだが・・・この日は充実してますよ、もちろん。

この日の国立演芸場、ナイツのネタ(とツッコミ)。

  • 兄の話だといって、塙家の一般人である長兄の話をする(そっちじゃないだろ)
  • 土屋くんのお母さんは元演歌歌手(誰も知らないよ)
  • 謎掛けをして「ねづっちのです」(ダメでしょ人のネタパクったら)
  • 師匠・内海圭子のモノマネ(ずっとやってたら年々似てきました)
  • 師匠を偲んで涙ぐむ(まだ生きてるよ)
  • 芸協に入って、小・遊三師匠に師事(変なところで切っちゃダメ)
  • 貴乃花親方が貴ノ岩に向かって、「痛みに耐えてよく頑張った」(意味違うだろ)
  • 同窓会で加藤・仲本・高木たちと逢った(すごいメンバーだな)

あと、なにがあったかな。まあ、実のところなんだっていいのだ。寄席ならではの緩さがもうたまらない。
ナイツが道筋を作ってくれているのか、吉本の支配下にない東京の寄席漫才も充実一途だと思う。

三遊亭遊馬「金明竹」

前座・二ツ目・漫才と、もうすでにいい感じ。幸せな時間がゆったりと流れていく。
この時点で、すでに来てよかったとしみじみ思う。
そして真打の三遊亭遊馬師。小遊三師の生え抜き弟子では一番売れていて、結構TVに呼ばれる人だが、寄席で聴くのは初めてだと思う。
与太郎噺の金明竹。前座噺ばっかりだ。でも、実に楽しい。
金明竹はちゃんとやると結構長い噺。さすがに、与太郎(柳家だと松公になる)の自閉症スペクトラム振りをよく表す冒頭の掃除シーンはカット。
遊馬師匠の金明竹、感心したのだが、おじさんが与太郎をあまり叱っていない。
人によっては、すごく叱る。私は世の中をスイスイ渡っている与太郎が大好きなので、叱る噺家さんは嫌いだ。例:小三治。
与太郎を常日頃注意しているという枠組みがあれば成立する噺なので、本気で叱らないおじさん、実に好ましい。

ちょっと気になったが、おじさんから猫の断り方を教わる際、「マタタビ与えて奥で寝かせてます」というセリフがなかった。
そういうセリフなのかなと思ったら、与太郎が言う、おじさんの断りに、教わってないはずのマタタビが入ってた。うっかりしたんでしょうかね。まあ、そんなこともある。
おかみさんも与太郎をあまり叱らないし、上方弁でパアパア言う男が帰ったあとで店に戻ってきたおじさんも、あまりおかみさんを叱らない。
とことん気持ちのいい世界。
言い立ても、リズミカルでやはり気持ちいい。テンポも毎回違い、見事なメリハリ。
金明竹の言い立ては、「言えばいい」ものではないので、結構難しいと思う。パアパア言っている内容が、聴き手に少しずつ沁み込んでこなければならないし。
芸術祭大賞を獲っている遊馬師、技術面で抜けた人なので、オリジナルのギャグでもあれば大化けするだろう。まあ、私は現在の姿も好きです。

子供時代に「テジナーニャ」で売った山上兄弟はババ殺しという趣き。
意外にも、寄席にぴったりの芸人さんだ。
寄席というところ、まともなマジックはほとんど掛からないが、彼らは最後に人間を消したり出したりの大ネタを披露していく。
狭い池袋じゃできないだろうけど。広小路亭だと絶対無理。

柳家蝠丸「高尾」

お目当ての一人、珍品噺の宝物殿、柳家蝠丸師。昨年12月、池袋のトリを聴きたかったが行けなかった。
蝠丸師は先月、預かり弟子の小蝠師を亡くしたばかり。
まだ若かった小蝠師、アメリカンドッグ大好きなどに見られるが不摂生の限りだったようだ。持病の糖尿のため、肺炎で免疫系をやられて急死に至ったらしい。
先代文楽は、「長生きするのも芸のうち」と言った。寄席で非常に面白いお爺ちゃんになれるよう、噺家さんたちもどうか節制していただきたいと願ってやまない。
そう思うと、この日の主任、小遊三師を始めとする笑点メンバーは偉い。まあ、若死にした小圓遊や、長きにわたってリハビリしてるこん平師みたいな人もいるけど。

蝠丸師、「私の出番が終わりますとこの後は、国立演芸場が満を持してお届けする、盛大な、休憩でございます」。
マクラで、女の話ばっかりしている楽屋の楽しさを語る。客席で落語聴いてるより面白いと。
そして、円楽さんに負けずに不倫している人もいる。ある先輩が、人妻にばかり手を出していて言うには、「俺は幸薄そうな人妻が好きだ」。
蝠丸師、「じぶんちに帰れば、ひとり幸薄い人妻がいるんですけどね」。
昔昔亭桃太郎師によれば、蝠丸師もまたまたモテモテらしい。還暦超えてても、スラリとしたいい男ですからね。

昨年、広小路亭で聴いた際の蝠丸師の高座は、瀧川鯉昇師にも通ずる、芸協にしかない独特の空気をまとっていた。
この日もふわふわして面白いが、芸協のまた別の側面を具現化している。笑福亭鶴光師とイメージの共通する地噺である。
芸協らしい蝠丸師、いっぽうで「押しつけがましさが皆無」という点は、むしろ芸協でも異端の芸かもしれない。
「高尾」というので紺屋高尾かと一瞬思ったが、違う噺。噺の存在だけはかろうじて知っている、地噺の「高尾」である。
主人公は紺屋高尾とは違う代の、仙台高尾。「反魂香」なんて噺があるが、あれで呼び出す花魁が、仙台公に斬り殺されたこの仙台高尾である。
仙台公とのエピソードが盛りだくさんであるが、ギャグを入れまくりの地噺だけに、ストーリーは全く進まない。
「高尾はどこまで行きましたかね~」なんて、噺をときどき引き戻す蝠丸師。
ストーリーが全然進まず、もっぱら漫談で時間切れ。
脱線漫談のほうもなにがなんだか覚えていない(脈絡ないので覚えられない)が、でもやたら楽しかった。
ひとつ覚えているネタ。若い頃ある噺家が高尾の和歌を覚えずに、扇子に書き込んでいた。つまりカンニングである。
しかし師匠に見つかり、太え奴だというので、出番の直前用足しに行ったときにこっそり扇子を取り換えられてしまった。
そのエピソードの後、「私です。ごめんなさい」。ということは、隠したのは先代文治。
噺をメタ的に構築しなおす蝠丸師、途中で「いや地噺っていうのは難しいんです。普通の噺と違って私のセリフで進めるもんですから」。
地噺を語りながら、地噺の解説を入れ込んでしまう。普通はこんなことやらない。
本当に引出しの多い人だ。途中でアルミ缶を潰すような音が客席からしたときに、「あ、あんまりあっち見ないでくださいね~。私のほう見てくださいね~。取り残さないでくださいね~」なんてアドリブもすかさず入れる。
落語協会には絶対いないタイプの楽しい噺家さん。できれば年に三度くらいぜひ聴きたい師匠である。

三遊亭遊雀「熊の皮」

仲入り休憩を挟んで、代演の三遊亭遊雀師。
この師匠も大好きなので、いつもスケジュールを確認し、聴きにいく機会をうかがっている。
だが、寄席に顔付けされていても、他のメンバーが薄く、疲れそうで結局止めたりもしている。
そこが芸協の限界か。本当に好きな噺家さんを追いかけるなら、ホール落語に行ったほうがいい。でも寄席が好きなんだな。
ともかく、3日間国立の代演に入る遊雀師匠に予定を合わせて来たのである。
マクラはいつもの、「奥様、鏡でございます」などであるが、なにせリズミカルで勢い溢れ、言葉の押しが強いので常に笑ってしまう。
橘家文蔵師は乱暴な言葉でウケる噺家だが、遊雀師は、同じく乱暴な語り口を使うものの決して客にはそれを直接ぶつけない。ネタの中で乱暴さを収束させてしまう。
そこがまた、客からすると狂気をはらんだスリリングな魅力になっている。

演目は十八番の「熊の皮」。遊雀師のこれ、実に楽しい噺だが、楽しいもので録画でのべつに聴いていて、耳にタコのできている噺ではある。
喜ぶべきか残念がるべきか。
しかし、寄席で噺に向かい合うと新たな発見もある。甚兵衛さんとおかみさんの掛け合いだが、遊雀師、おかみさんの声のほうを、野太く、男らしくしゃべる。
カカアに尻に敷かれているギャグの中ではあるが、しかしちゃんとその声がおかみさんとして聴こえるのがすごい。
女らしさが皆無の、そんなおかみさんなど存在しないが、それが落語ならではのマジック。
それにしても尻に敷かれっぱなしの甚兵衛さん、かみさんにいいように使われるのだが、しかしそれゆえに、なんだか常に楽しそうだ。
先生との会話もいい。甚兵衛さんのほうは、別に先生との会話を楽しんではいないのだが、先生のほうは甚兵衛さんが来てくれてとても楽しいのだ。
世の中ついでに生きてる人の噺は楽しい。

***

高いレベルで満足が続く。
ヒザ前は柳家蝠丸師と同じ先代文治一門の、桂小文治師。
寒波襲来をマクラに振った後、季節を2か月先取りして「長屋の花見」、粋だね。
しかし私、仲入り前に飲んだチューハイがここで利いてきて、一同の花見会場到着後、ガクッと寝落ち、熟睡してしまった。気が付くとサゲ。
池袋は飲酒禁止なので、国立に来るとつい飲んでしまう(食べるほうは禁止)。
まあ、気持ちよく寝せてもらえるのも寄席のいいところである。気持ちいいから寝てしまう。

太神楽の味千代さん。初心者の客が太神楽に感動しているのを見るのは実に楽しい。もちろん、私も楽しんでます。
始めて行った寄席で見られると、間違いなく感動するだろう。
ICU出身の味千代さん、英語とフランス語を活かし、毎年海外公演に出ているらしい。東京かわら版に書いてあった。

三遊亭小遊三「提灯屋」

国立演芸場の定席は短い。早くもトリの小遊三師。
無筆のマクラ「いいんだよ、兄貴も読めねえから」から、自分の名前も知らねえという大工の喜三っぺ。
「大工で『トラネキサム酸』はこのあたりにお住まいでしょうか」。山田喜三郎さんじゃないのだ。虎根喜三武とでも書くのかね?
発散する空気が終始ふざけている小遊三師。そこから師匠十八番の「提灯屋」。
提灯屋はトリネタというような大きな噺ではない。だが、軽い噺こそ小遊三師匠の真骨頂。
今、小遊三師以外にやる人がどれだけいるのだろうか?
ネタ数の多さを誇る一之輔師が、昇進直前に早朝寄席でやったのを聴いたことがある。あと、TVで「めったにやらない噺だ」と緊張しながら喬太郎師が掛けていた。
提灯に入れる紋が現代では一般的ではないし、サゲも「丸に柏」をなぜか上方ことばで解釈する。そしてそのための仕込みが途中に必要である点など、少々無理やりなところがある。流行らないのも無理はない。
だが、無名の若い者が集合して悪さをし(いわゆるワイガヤ)、年かさの隠居が収めに行くという、噺の構図がとてもいい。東京落語のひとつの頂点を示す噺だとすら思う。

小遊三師、笑点で魅せるエロネタも、泥棒ネタも楽しい。落語になれば、前者が「引越しの夢」、後者が「置泥」に昇華するのだ。
とんがった落語ファンが敵視する笑点も、じっくり見てみれば、落語と共通する「話芸」をちゃんと感じることができる。落語が下手で大喜利も下手、というメンバーもいて、そういう点でも話芸は大事。
さらに、「蛙茶番」などもそうだが、跳ねっかえりの半ちゃんキャラも小遊三師ならではの味である。
ワイガヤ噺の場合、ひとりずつのキャラに強い個性はない。だが、このある種記号的なキャラたちが、実に生き生きと跳ねまわる。これは、上方と異なる東京落語ならではの特色。
若い者たちが、入れ替わり立ち代わり提灯屋に出向き、判じもので紋入れの依頼をし、わからない提灯屋に解説をして、提灯を無料で持って帰る。。
すべてが流れるような口調。さすが、毎朝起きたら欠かさず「大工調べ」の啖呵をひととおり喋ってみるという小遊三師。これは自分の体調を把握するためなんだそうだ。
そして隠居もいい。開店早々ひどい目に遭い、疑心暗鬼の提灯屋を、年の功で上手くなだめている。実はなだめられていないのだけど、終始隠居は落ち着いている。
ふざけている小遊三師だって、実年齢は隠居なのだ。笑点には登場しないキャラ。
聴いているほうも、家紋などよくわからなくても、勢いがよくてなんとなく腑に落ちてしまう。腑に落とせない噺家さんはやらないほうがよさそうだけど。
小遊三師、芸協の会長に就任するのが当然だと思うのだけど、本人は落語をしてればいいので、やりたがらないなんて記事も目にする。歌丸師がまだ会長の座にいるところを見ると、あるいはそうなのかもしれないですね。

心底楽しい「提灯屋」でハネた国立演芸場。ニヤニヤしながら帰途につきました。数年前のトラウマなどすっかり払拭した。
「笑点の小遊三さんを見にきた」という落語初心者の方々も、これをご縁にもっと寄席に来て欲しいものだ。

作成者: でっち定吉

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