その1
「ご隠居さんいますか」
「おや八っつぁんじゃないか、お上がり。この展開だとどうやら一年ぶりの小噺だな。人気のほうはまったく不明だけどな」
「ひとりでなにぶつぶつ言ってんです」
「なに、こっちの話だ」
「テレビなに見てんです」
「なに見てるって決まってるじゃないかこの時季は。四年に一度のオリンピックだよ。冬の」
「ああ、うさちゃんオリンピックね」
「ピョンチャンだよ。ロケット団のネタ、パクっちゃダメだよ」
「オリンピック面白いですかい」
「面白いな。特に毎日やってるカーリングがな」
「イカリングね。あっしの好物でさあ」
「おまえボケが雑だよ。ボウリングとか、ヒーリングとか、ボケるにしてもなんかあるだろ」
「氷の上で石っぺた転がしてホウキで一生懸命掃除するやつですね」
「まあ、カーリングはそうだね」
「おやつタイムでしょ。隠居さん、若い女の子が『赤いサイロ』とかもぐもぐ食べてるのを見てニヤニヤしてんだね。年はとってもスケベはやまぬ、やまぬはずだよ先がないと来たもんだ」
「ご挨拶だね。確かに若い子は嫌いじゃないが、あれは頭を使うから見てて楽しいんだ。お前さんはカーリング好きじゃないかい」
「そだねー」
「よく知ってるじゃないか」
「あっしはどっちかってえと年増のほうが好きでね」
「誰が女の好みを訊いてるんだよ。お前さんはオリンピックは見ないのかい」
「あっしはねえ、ワールドカップのほうが好きだね」
「ああ、あれも今年だな。お前さんサッカー好きだったかい」
「いえ、ワールドカップでも水球のほうでね」
「マイナーすぎるだろ」
「飛込競技のワールドカップも好きでさあ」
「いいよもう」
「ところでご隠居、訊きてえんですが、あのスキーだかスノボだかに、パイプカットてえのがありますね」
「ないよそんなの。ハーフパイプって言いたいのかい」
「そうそう、そのパイプ。あれはなんでそういうんです」
「始まったね。森羅万象、神社仏閣、知らねえことのないこの隠居に挑戦しようってえのか。お前さんはどういう意味だと思うんだ」
「長えパイプをちょん切って半ぺらにしたからハーフパイプじゃねえんすか」
「パイプカットから離れられないみたいだな。だいたい正解だよ」
「じゃ、モーグルってえのはなんでモーグルってんですか」
「たたみかけるね。お前、穴掘る動物知ってるだろ」
「知ってらあね。めめず」
「ミミズじゃないよ。わざと間違ってないかお前。もっとでかい奴だよ」
「清水建設」
「南アルプスにトンネル掘ろうってんじゃないんだよ。モグラだよモグラ」
「あー、モグ公ね」
「モグラが穴を掘るとな、土が盛られて地面にこぶができる。そこに雪が積もったらモーグルだ」
「こぶができてどうだってのは、なんかちょっと合ってそうですね」
「そもそもモグラはだな、モーグルを作る動物だから語尾にerを付けてモーグラーっていうのが語源なんだ」
「冗談言っちゃいけねえ」
その2
「オリンピック見てるってえと楽しいですね隠居さん。またひとつ訊きてえんですがね」
「おや、このシリーズまだ続くのかい。評判もどうだかわからないのに」
「たまには柔らけえもんも混ぜとこうって魂胆でしょ」
「確かに日ごろはやたら理屈っぽいからな。で、なにがわからないんだ」
「あの氷の上でね、刺身包丁付けた足袋みてえなの履いてね」
「スケート靴だな。刺身包丁は恐れ入ったな」
「でこうツーっと滑りやすでしょ。そのたんびにこう、くるっとケツまくってこれ見よがしに飛びあがりやがる」
「ケツはまくらないと思うがな。フィギュアスケートならジャンプはするね」
「あんときにケエセツ者がね、こう、技を教えてくれるでしょ」
「ケエセツってえ奴があるか。解説者だろ」
「ほら、あっしも江戸っ子だから鉄火にケエセツ」
「江戸っ子でも解説だよ。技のなにがわからないんだい」
「あの、トルネードキックとか、かかと落としとかいうでしょ」
「それは違う競技だな。フィギュアは別に、ジャンプして人を蹴っ飛ばすわけじゃないんだ」
「そうそう、あの、サルコウだのね、プリッツだのリッツだの言ってるじゃねえすか。あれどういうことなんですかね。サル公ってのはエテ公の親玉かなんかですかね」
「サル公と来たな。それにプリッツじゃない。それを言うならフリップだろう。リッツじゃなくてルッツ」
「スケート選手にだっておやつタイムくらいあるでしょ。プリッツくらい食わせやがれ、このしみったれ」
「おやつタイムのことはいったん忘れるんだ八っつぁん。サルコウとか、ルッツとか、こういうのはだいたい、技を作った人の名前なんだよ」
「最初に飛んだのはやっぱりサルでしたかい。技がだんだん進化して、最後に人間になったってえ寸法だ」
「進化論も忘れるんだ。サルコウさんは最初から立派な人間だよ」
「へえ、そうですかい。じゃ、ルッツって人もいたんですね。『ルッツ!』って一発ギャグなんかやってたのかなあ」
「知らないよ。フィギュアだけじゃなくて体操のほうでも技に名前が付くだろ、トカチェフとか」
「カラシニコフとか」
「それは銃だよ」
「じゃ、トカレフ」
「しつこいよ。日本人の名前だって体操技になってるだろう。ツカハラとかシライとかな」
「そうか、日本人でもいいんですね。てえことは、あっしが最初にやったらその技は『ハッツァン』とか呼ばれるんですかね」
「ああ、そうかもしれないね。面白そうな技じゃないか、ハッツァン。だがお前さんが、一体なんの技をやるんだい」
「あっしね、人を褒めて一杯ごちそうになるのが得意なんですよ。これが成功したら解説に『ハッツァンが出ました』って言ってもらえる」
「どこで解説してんだよ。お前、人を褒めるのなんか成功した試しないだろう。まだ四十の番頭さんに『厄そこそこ』だって褒めて引っぱたかれたらしいじゃないか」
「面目ねえ」